■■SNS配信用ブログ■■

■■SNS配信用ブログ■■

主に、SNSの外部日記に登録して配信中

Amebaでブログを始めよう!

何とか終電に間に合って帰宅できました。
ギブアンドテイク。普段頂いている分はきっちり頭脳労働させて頂きますし、いろいろ考えるのは自分の為にもなっていますので。
で、本当にここ最近の記事、為になっていて必要なの?
と、多少疑問が無くもないが、必要というならば続けようと思う。
ということで、自分に厳しいことをして厳しい自分に自己満足していないか?
まぁ…攻撃的で危なくなりすぎたら止めるて下さい。


辞書による、個性の定義
「人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。個人性。パーソナリティー」


辞書による、パーソナリティー【personality】の定義
 1 その人の持ち味。個性。人柄。「―を重視した教育」
 2 一人の人間を包括的に意味する心理学の概念。個人の素質と環境との相互作用から形成され、人間の行動を規定するもの。人格。


 個性は個人にしか現れない。
 要するに、二人で考えた瞬間からもうそこに個性は存在しない。そこにあるのは最大公約数的なアイディア。人数が多くなればなるほどステレオタイプになりがち。
 だから、創り手を助けるなら創り手に考えさせなくてはいけない。人にアイディアを出させるというのは自分でアイディアを出すよりもけっこう難しいと思う。


 指摘した要素に魅力を感じないと言う個人的な感想だけは伝えられるが、魅力を出す為にどうするかを助言するのは無理。さらに言えば、自分が感じない魅力を誰か感じる人がいるのかも知れない。
 あえて言うならば、こういうの好きな人もいるよね、という程度の何かを感じる事ができなかった。何を描きたいのか、どう描きたいのかが不鮮明かもとは思う。

 自分が選んだ群れのスタイル。なのだけどおままごとになりがちで怖いのでチクッと…


 群れている人間は、群れが壊れるのを恐れているので相手に聞きやすいことしかいわない。本当の問題を指摘する人間なんてそうはいない。いかにも厳しいことを言っているような空気を出しながら、実はそれは相手が自身を厳しい人間だと満足するための言葉でしかない。


 例えばギャグマンガ。構図やコマ運びがどうだとかは伝えやすいが…そもそもギャグが面白くないとは思ってもなかなか言わない。
 キャラクターに魅力がない面白くはないと思っていても、言うのは表情だとか動きがどうのだとか…そもそも表情や動きが悪い原因であるキャラそのものが弱さを追求することはない。その弱いキャラでは、表情や動きをどう直しても魅力を持たれないことをうすうす感じながら…。


 相手の事を本当に思うのであれば言わなくてはいけないが、知人や友人関係はそれを言えるような状況ではない。これが言えて相手も聞けるのは相手の利益が自分の利益、相手のミスが自分の不利益になるという本当に厳しい環境下だけ。


 本当の問題点を指摘すれば人間関係が破綻する危険もあるので、上手く本当の問題を相手に伝えるコミュニケーション能力が必要だと思うが、それができている人間はやはり少ない。
 厳しい風の批評と、適切なコミュニケーションの間には必要な能力に大きな差がありそう。

 普通に考えれば…普通にしていれば見つけられるはずの自分自身の課題や問題点が見つけられない状態というのはかなり恐ろしい。
 この主因の一つは、思い上がり。
 なので、思い上がらない為の努力が必要。思い上がらないというのは思っている以上に難しい気がする。


 思い上がっている時は自分が思い上がっているなんてわかっていない。


 思い上がりが…
 進行する症状、批判。
 加速する症状、自己正当化。
 末期症状、嘲笑。


 そして思い上がりは伝染して思い上がりのスパイラルに入るのでやっかい。
 相手を思い上がらせてしまうことも大問題で、案外これも難しい。
 思い上がっている人間をいさめるのは、たぶん無理。相手が思い上がっていると思ったら………


 まぁ、思い上がっていないような優秀な人はそうそういないので、どこまで我慢するかなのかも知れない。あえて言うのであれば、相手にそう言った我慢をさせないことが大切かなと思う。

■ああぁ…すばらしい…人間関係がやっと正常化しているのがわかる。
身近に出会う人間を、出会って別れたその直後からバカにし始める人間がいないと言うことは何というすばらしいことか。そこにいない人間を片っ端からアザワイ始める人間がいないと言うことはなんとすばらしいことか。

ちなみに、第三者を褒めすぎることにも注意している。人は嫉妬するものなので、誰かを褒めれば余計な反感を買う。そもそも、第3者を褒めたい欲望もサルの本能なのは言うまでもない。



自分の頭を整理したいので書いているだけ…

 構図、構成、デザインと言うような言葉で定義されること。
 何かが古く感じるのは、何か新しい流れが始まったとき。新しいものが来るとそれまでの流れに沿って表現してきた表現スタイルの一群が古く見える。


 あくまで個人的にだけど、漫画を描く人間のイラスト全般、特にカラーイラストが古く見える。そして同じに見える。
 新しい流れがやってきたことで、それまでの表現スタイルが古いというカテゴリーでひとくくりされ同じに見えてきているのかも知れない。昔は、違うものがなかったので今で思えば小さな個性が見つけやすかったが、大きく違うものが来ると、今までの小さな違いに目が向かなくなり同じに見えるようになる。


 同じで無個性に見られる事は避けたいのでいろいろ対処する必要がありそう。


■線画
 どうやら、モノクロ画としての線画になれすぎている。
 モノクロ原稿の線画というのは線が表現の中心なので線が主張する。それに引き替え、カラーの線画は表現の基本が彩色なのでそこまで主張する必要もない。
 あまりにモノクロの線画に慣れてしまうと、CG上、ペンタブレットを使って線画を描いた方がカラー用の線画が描きやすいかも知れない。


いや…なんか、あらぬところで誘爆していたようで…
申し訳ないです。
己の言動に責任は持つべきだと思いつつ、持って欲しいと強く望んでいたりします。
なにか、思い当たり節があるのであればすこしだけ考えてみると良いのでは思います。



他人の失敗


有名作家の失敗を見て、安心したい気持ちはわからなくはないが…
失敗して言い理由にはならない。


有名作家が粗い表現をしているからと言って、誰もが粗い表現をして良いわけではない。


有名作家が、背景を描かないからといって背景描かないでいいという話しではない。


逆に綺麗に描けばいいと言うものでもないし、描き込みを増やせばよいと言うわけでもない。


己の表現がいかなるものかを少し考えれば自ずと結論は出てくると思う。


答えのある世界でその答えを導き出す為の計算機としての機能しか教わっていないのだろうからしかたないが、ものをちゃんと考え、答え無き答えを導き出す能力は誰にでもあるとは思う……。

どうやら自分の知らぬところで、知らぬうちに…予測よりも少し早く問題が解決したらしい。


「晒すか、普通?」とまるで人を悪魔のように言うその口元がおもいっきり笑っている、その人もまた悪魔。


打開策が見いだせたが…、各自がもっと良い打開策が見いだせなかったことは今後の反省点。ただ、問題点を排除し、先にある希望が見えなければ動く物も動かない。もっと早く手を打ちたかったとも思う。



このBlogを見ている人にとっては、まるきり赤の他人とはいえ

自分だけの価値観の世界に引きこもっている人にとっては

社会からの目といういう視点を少しだけでも与えることで自身を見る目を変えてくれる。



あと、やはり突っ込まれたのですが…

もしも、いろんなところで誘爆していたらごめんなさい。


危ない…


読み返すと、文章がやたら攻撃的になっていた気が…


先週末ちょっと出かけて以降、いや…出かける手前あたりから

脳内がブラックになっていたかも…というのに今気付いた。



いやぁ…ちょっと、身近な人間関係をごそっと…

最低でも、足を引っ張らないようにならないかと思ってちょこっと…


さて。ここからはサクサク作品を作っていけると思う。

 切磋琢磨という言葉。

 充実と楽しさは必ずしも一致しない。


 競争は切磋琢磨ではない。

 人は競争に勝つ為なら、無自覚になり平然と他人の足を引っ張る。
 例えば、目的を楽に達成できる条件に変えて、先に達成できたと誇りたがる…そして、低い目的に他人を引きづり込み共に目標から目を背けて行く…


 切磋琢磨、この言葉は世間で連呼されるほど簡単な物では無いと思う。
 どうやれば互いに成長できるか…。相手を成長させたその先に己の成長を見いだせる人間を自分は尊敬できる。

………以下の文章を書いてからふと気付いた、、
いろんな人が、以下のことを言っていた気がする。
というか、たぶん自分も含めて全員が言っているだろうと想像できるので、、
とりあえず、ごめんなさいと謝っておきます。
……………



オレはあんなの見ないから、あんな作品を見る人間はダメ…
と、何を誇っているのかわからないが、それを誇りたいなら
異なる価値観を認める能力を成長させることができず
意味不明なその狭い価値観を共有させることができ
異なる者を嘲笑することを喜びにできる幼稚さを持ち
異なる価値観を否定してしまうことで、自らの発想を限定し己の可能性を摘み取ってしまうような愚か者であり
他人の価値観をも否定し未来をを摘み取り、その報復が己に帰ってくることを許容できる…
そんな人とと語り合いながら転げ墜ちればいいと思う。



まぁ、何が人の足を引っ張っているのかを気づける人間はそれだけで有能なのかもと思う。
人の足を引っ張らない為にまず必要なのは、己を知ること。