お久しぶりです☆
はなママです絵文字
4月に記事を更新してから
いったん元気になったのですが
風邪をひいたのがきっかけで
昼間元気でも夜になると発熱する状態が
延々続いてしまっている現在です☆
まあ、もともと熱があがると
下がりにくいのは
父親からひきついだ体質ですが。。
いくらなんでもそろそろ
元気になるでしょう☆
今日は父の日
父の思い出を少し
☆☆☆
父が亡くなった年の父の日の頃
転院先を探していました
思ったような転院先はなく
母も心臓病の上に腰を痛めて
療養中で
てんてこまいの状態で
父の日どころじゃありませんでした
結局当時入院していた病院の紹介で
とある病院に決め
7月には転院先に移ることになりました
転院の際
介護タクシーを呼びましたが
その車の中で
ほとんどしゃべれなくなって
担架にのせられた父が
「家に帰りたい」と声を絞るようにして言いました
認知症になってからの
狂い方がひどく
母になぐりかかったり
椅子をふりあげたりで
自宅におけなかった父ですが
今の状態なら私さえがんばれば
父母を並べて介護することも
できるかと思い
母のOKもとり
移転先の病院で担当の医師に相談してみましたが
医師から返事はありませんでした
まもなく
担当医から連絡があり
いつ亡くなってもおかしくない、と言われ
自宅療養の母も
目がはなせない状況でしたが
週に3回父の面会に行きました
コロナ渦中ではありましたが
管理がゆるい病院だったので
病室まで
会いに行けたのです
病院は自宅からそう遠くはなかったのですが
京急の駅からも
JRの駅からも
中間地点にあり
炎天下のアスファルト道路沿いを長く歩かないと
行けない場所にありました
病院の面会時間も
一番暑い時間帯で
あの時はよく倒れなかったと思っています
炎天下の道路を歩きながら
なぜか思い出したのは
珍しく横浜にドカ雪が降った時のこと
当時私はオーストラリアで
日本語教師をしながら大学で勉強中で
日本に一時帰国し
シドニーにむけて出発する日でした
おそらく今日は飛行機は飛ばないだろうとは
思いましたが
時間が早いのか
電話してもはっきりしませんでした
現地での予定を考えると
翌日の便には乗らないといけないし
エコノミーの席では
後回しにされる可能性大
ということで
空港まで行くことにしました
夜になり
外は吹雪
気持ちは真っ暗でしたが
出かけようとすると
父がすでに外で待っていて
さっとスーツケースを持ち
一緒に行く、とききませんでした
少し歩いて
父に来てもらって
良かったと思いました
横浜のチベットと呼ばれる地域の
丘の上に住んでいたので
坂道も階段も凍っていて
吹雪の中
平地まで降りるだけでも
かなり時間がかかりました
やっとのことで空港に着くと
予想通り予約便は飛ばないとのこと
カウンターの優しい女性が
翌日便をビジネス席で予約して
荷物も預かってくれ
目的ははたせました
お父さん、あの時は
ありがとう
あの時だけでなく
病弱だった子供時代
病院に担ぎ込むのは
いつもお父さんだったよね
結局、私は
なんの恩返しもできなかった
父は一度目の危篤状態を
何とか乗り越え
延命医療をどうするか
医師の話をきくこととなり
母と弟と私で
病院に行った
この日父は5、6年ぶりに
母との面会をしました
暗黙の和解がありました
それから2、3日
父は持ち直し
生気が戻ったような様子でしたが
1週間もしないうちに
再び危篤の報が届き
あっけなくなくなりました
晩年がつらい人生で
娘としては
何とも言えません
広島にいた時代が
幸せだったよね
年をとったら
アデランスを買ってあげるとか
豪華列車にのせてあげるとか
まったく空手形
何もしてあげられなかったけど
本当に感謝しています
ありがとう
☆☆☆
読んでいただいて
ありがとうございます
7月にはマンションの
インターネットの個別工事があり
このへんで
微熱とお別れしたいので
しばらくアメーバに出ない日が
あるかもしれませんが
よろしくお願いします
たぬき&きつねは
今日も元気(*^^)v(*^^*)☆
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