♪1983/時をかける少女/原田知世 | 「今できること」を8年も綴っちゃったw (ぬ∀す)b

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長らくのご愛顧をありがとうございました m(_ _)m

おはぬす。高認まで残り12日、センターまで176日ぬす。

久々にアイドル行きましょうか… ( ̄ー ̄)

時をかける少女/原田知世



1983年4月21日リリース、3rdシングル
(作詞・作曲/松任谷由実 編曲/松任谷正隆)
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【↓うぃきコピ】

オリコンチャート最高位2位
58.7万枚を売り上げ、年間チャートは83年度11位

TBS系『ザ・ベストテン』では、初登場7位(83年6月30日放送分)
最高位は3位(7月14日・8月4日・8月11日放送分)
10週連続でBEST10入り(9月1日放送分まで)を果たした。
「年間ベストテン」では、83年の14位だった。

原田知世は82年4月、『角川・東映大型女優一般募集』オーディションにて『角川映画大型新人募集』特別賞を受賞し、14歳(中3)で芸能界入りした。(グランプリは渡辺典子)

3か月後の7月には、前年に薬師丸ひろ子が主演し大ヒットした
『セーラー服と機関銃』TVドラマ版(フジ系)に主演し女優デビュー。
同時に主題歌『悲しいくらいほんとの話』で歌手デビューも果たす。
後番組『ねらわれた学園』にも引き続き主演。

83年、映画『時をかける少女』(大林宣彦監督/83年7月16日公開)で主役としてスクリーンデビュー。
本曲は、同映画のヒットとともに、主題歌としてヒットした。

同映画の配收は28億円を記録し、邦画では83年の年間2位となった。
また、原田は「第7回日本アカデミー賞」新人俳優賞を受賞した。

以後、薬師丸ひろ子・渡辺典子とともに「角川三人娘」の一人として、80年代の角川映画を支える。

87年、実姉の女優・原田貴和子とともに芸能事務所「ショーンハラダ」を設立し、角川春樹事務所を独立。
(同年公開の主演映画『私をスキーに連れてって』
 スキーブームの火付け役となった)

本曲の「初回プレス版」はレコード盤がクリアー(透明)なレコードになっており、レコードジャケットにもラベンダーの香りがついていた。
(「初回版」と「通常版」ではレコードジャケットが異なる)