ゆうべ、家でぼーっとしていたときに携帯が鳴った。
誰だろう?
そう思って見てみたら
ずーっと安否確認がとれなかった
元バイト先の釣具店の社長だった。
あわてて電話にでたら、
元気?なんとか生きてたよ
って、そう言われて、ほんとにほっとした。
あたしは、社長は死んだと思っていたから。
動揺していろんなことをいっぺんに聞いたけど
社長はひとつひとつ話してくれた。
店で営業中に地震にあって慌てて家に帰ったこと。
その帰りみちの道路で津波に遭い、車ごと流されたこと。
水中に車が沈んで、ドアが開かなくなったこと。
たまたま車の中にあった鉄の棒で窓を割って脱出したこと。
その後泳いでなんとか水のないところまで逃げたこと。
次に日なんとか歩いて自宅まで行ったら、
家が全部流されてあとかたもなくなっていたこと。
幸いご家族も避難してて無事で、今は公民館で生活していること。
あのとき車の中に棒がなければ死んでいた、と社長は言ってた。
ほんとに、九死に一生を得るとはこのことだ、と思った。
この話を聞いていて思った。
もしあたしがあのとき仙台にいたら
たぶんあたしは死んでいただろう。
あの時間はちょうど釣具店でバイトをしていたはずだ。
店を閉めて社長と一緒に店を出てあたしも急いで帰っていたはず。
社長とあたしの帰りみちは一緒。
絶対津波に遭っていた。
あたしは鉄の棒らしきものなんか車に積んでいなかったし
きっと脱出は不可能だったと思う。
そんな話を、社長との電話が終わってから
姉と電話して話してみた。
姉は、今回のことは運なのかもしれないと思う、と言った。
あたしがこのタイミングで東京にいたことも。
姉は、買い物帰りで自宅アパートの駐車場で車のなかにいたんだそう。
たまたま男の子がどこからかすごい勢いで走って敷地内に駆け込んできたから
何事かと思って車を出たら、波といろんなものが押し寄せてきて
あわてて部屋に逃げ込んだものの、その後アパートに取り残されたという。
部屋の中で、自分の車が津波にさらわれるのを見ていたそうだ。
その子が走ってこなければ自分は気付かず車にいて
そのまま流されただろうって言っていた。
姉の彼氏も、前日までは毎日石巻(いしのまき)の現場で働いていたけど
たまたまその日は違う現場だったそう。
もし、いつもどおり石巻の現場だったら
津波にのまれていただろう、って言ってたそうだ。
たくさんの方が亡くなった。
知り合いも何名か亡くなったのを知った。
この先、まだまだ知り合いの死亡を知ることになるだろう。
あたしたちは生きている。
運よく、なのかどうなのかはわからない。
でも、助かった命。
いろんな意味で
いろんなことを考える機会になったのかもしれない。
東京では
買いだめ現象やら原発なんやらで
スーパーはほんとに品薄だ。
買いだめしてるつもりじゃないんだろうけど、
買わないと物がなくなる、的なかんじなんだろうとは思う。
責めるつもりもなにもないけど
なんとなく寂しい気持ちになる。
あなたたちは
普通に暮らせているでしょう?
ってね。