ブログネタ:部活なにしてた?
参加中本文はここから
ほとんどの国民から暇を出されたも
同然の前総理菅マイナス8万点直人
氏であるが、多くの大臣経験者が
そうであるように彼もまた1年ほどの
在任期間だったその職務について
自画自賛するように努めていた。
こんなことが出来るのも、もちろん
彼がその職務から解放された
からだが、しかしマイナス8万点
前首相としては『菅イズム』を
引き継いでいくためにも前進して
いかねばならなかった。
とは言え総理の職から身を引いた
今のマイナス8万点前首相は
時間的余裕が出来たと言えば
聞こえはいいが、はっきり言って
しまえば暇な毎日を迎えていた。
いや暇で暇でしょうがない毎日を
送っていた。
そんなわけで彼はこのところ勉強会
を口実に飲み会に出かける回数も
増えていた。
そこでは川崎麻世という恐妻家の
後輩とほとんど噛み合わない政治
談義を繰り広げていたが、マイナス
8万点前首相にとっては政治家では
ない外部の人間との接触ゆえか、
それは心の安らぎを与え、そして
彼の癒しにさえなっていた。
そしてもう一人恐妻家の後輩三田村
邦彦もいるのだが、彼はその政治談議
にはほとんど口を挟まずに聞き役に
徹していた。
しかし酒も入り、いつしか場が盛り上がって
くるとその三田村が立ち上がり、おもむろ
に踊り出す。
三田村得意の阿波踊りだった。
最初のうち菅マイナス8万点前総理は
この阿波踊りに気後れを感じていた。
政治家であり、そして一国の総理大臣を
努めたというプライドがそうさせていた
のは明らかだったが、もはや大臣でも
何でもなく、そしてつい最近までマスコミ
からまるで愚人であるかのような評価
さえ下されていた自分なのだ。
『踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら
踊りゃな、損々!!!』
の掛け声の後押しに引かれ、いつしか
マイナス8万点前首相もいつしか
ネクタイを頭に巻きつけ、阿呆になり
きり(ホントにアホかもしれませんが)
三田村たちと踊り明かせるようになって
いった。
『じゃあ、この辺で我々も阿波踊り部の
結成だな!!』
頭にネクタイを巻きつけ、顔を赤らめ
ながら、こんなことを言い出したのは
菅マイナス8万点首相だった。
『いいですね、やりましょう、やりましょう』
『こうなったら一億総阿呆化政策ですよ』
三田村、川崎の二人もマイナス8万点
前首相の提案に激しく同意した。
こうして3人の恐妻家による『阿波踊り部』
が誕生することになった。
その彼らが人前で踊る舞台が設けられる
ことになることなど、この時点でこの3人
にはまだ知る由もなかった。