お久しぶりでございます。
2月の頭以来更新が途絶えました。
その理由といたしましては
①旅行に行っていた
②明日から新社会人に
この二点によるところが大きいです。
それぞれについて詳しく話すと
文字数がいくらあっても足りません。
ただ、社会人になる前に1つだけ
まとめておきたいことがあります。
先月行った中欧旅行です。
今回は旅行の話をします。
------------------
2月21日から3月6日まで高校の同級生と
3人で中欧を周遊してまいりました。
一緒に行った2人のうち1人はTです。
前に平和島で苦汁を舐めたTです。
もう一人はIくんと言って、
海外周遊が趣味の逸材です。
元々、TとI君が卒業旅行で中欧に
行こうとしていたところ、
初海外のTが私もメンバーに加えた
ところから話が始まります。
俺も海外行ったことないのに。
何の力にもなれないのに。
しかもこの時点ではどこに行くのかも
聞かされていません。
LINEで参加表明だけした翌々日に
3人で集まり詳しい話を聞きます。
I「アルバニア行こうぜ!」
私「どこそれ!?」
I「コソボ(紛争地帯)の隣!」
私「絶対行かねぇ!」
私「ていうかいつから行くの?」
T「2月14日から行こうぜ」
私「20日に内定先の研修が!」
T「じゃあお前は21日からな」
私「誘っておいて!?」
とんでもない2人です。
この会話を経て参加を決めた
私も私ですが。
その後も会議を繰り返しました。
海外初心者の私とTはI君から
海外旅行の心得も教わります。
スリが多いから財布は2~3個に分け、チェーンなどでロックしておく。
通貨がバラバラだから新生銀行の口座を作って海外で引き出せるようにする。
などなど、言われなきゃ出来なかった
ようなことがいくつもありました。
3人で高田馬場のスタバに陣取り、
地球の歩き方をためつすがめつしながら
決まった旅程が以下の通り。
成田(日本)
⇒ウィーン(オーストリア)
⇒ブダペスト(ハンガリー)
⇒ドブロブニク(クロアチア)
⇒モスタル(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
⇒サラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
⇒ザグレブ(クロアチア)
⇒リュブリャーナ(スロヴェニア)
⇒ウィーン(オーストリア)
⇒ミュンヘン(ドイツ)
⇒成田(日本)
結局、I君は先に行ってコソボを観光し、
後から私とTが2人で向かうことに。
Tも流石に拳銃所持率がアメリカより
高い国には行きたくなさそうでした。
予定が決まった後が大変でした。
ツアーとかではないので、すべて
自分たちで手配する必要がありました。
スカイスキャナーで航空券を買い、
ブッキングドットコムで宿を予約し、
新宿の大黒屋でユーロに両替し、
旅より事前の準備が一番大変でした。
パスポートも持ってないので
ちゃんと申請しました。
その僅か1か月後にはもう4ページが
埋まるとはパスポート自身も
思っていなかったことでしょう。
そうして諸々の準備が終わり、
I君が日本を発つ2月16日。
「じゃ、2月24日午後5時にドブロブニクのバスターミナルで!」
こんな大規模な待ち合わせ初めてです。
それから遅れること一週間。
私の研修を終わるのを待って
私とTも出発します。
生まれて初めての海外。
生まれて初めての飛行機。
生まれて初めての長期旅行。
何もかもが初めての私には、ウィーンに
降り立った瞬間から全てが新鮮でした。
ホテルが見つからなくてセクシー街に
迷い込んだ時は泣きそうでしたが。
それでもシュテファン寺院の荘厳さ、
王宮の豪華さは圧巻でした。
次に行ったブダペストにも王宮と寺院が
ありましたが、
ウィーンのそれとはまた趣が異なり、
興味深いものがありました。
ウィーンの王宮、寺院の多くは
横に広がる作りをしています。
シュテファン寺院は縦ですけど。
対してブダペストの場合は、
箱型とでも言うべき作りです。
単純に土地の量の差かもしれません。
元々ハンガリーがオーストリアの
属国だったため、
ウィーンのものより豪奢では
いけなかったのかもしれません。
その真相はどうでもいいんですが、
国柄の違いから色々と想像できるのは、
周遊ならではの楽しみでした。
そして迎えた2月24日。
この日が一番ハードでした。
ブダペストから朝6時の鉄道に乗って
6時間かけてザグレブに移動し、
ザグレブから1時間ほど飛行機に乗って
ドブロブニクに向かう。
見知らぬ土地でこの規模の移動。
ザグレブ駅からザグレブ空港までの
バスに上手いこと乗れるかが肝でした。
走りましたね。
8kgの荷物を持って、ザグレブを。
バスターミナルに着いたら即座に
インフォメーションへ駆け込みます。
私「空港行きはどれですか?」
係員「ここを出て階段を降りたら左に自動ドアがあるからその奥だよ」
私「何か長いこと喋ってるけど何言ってるかわかんねぇ!」
しかし人間、切羽詰ってると凄いです。
私史上、最高にメッセージ性の強い
身振り手振りが発動し、
見事に係員の言わんとしていることを
理解するに至りました。
飛行機にも速やかに搭乗し、
到着したるはドブロブニク。
観光はさておき、バスターミナルを
目指してバスに乗ります。
そしてバスターミナルで待つこと数刻。
I君「お~、お疲れぃ!」
バスから颯爽とI君が登場です。
私「会いたかったぜー!」
T「生きていたか!」
まるで感動の再会みたいです。
実際、感動の再会でした。
ここからは旅行玄人I君が一緒なので
ぬるゲーです。
ずっと夜は出歩かなかったのですが
I君がいるなら話は別。
夜のドブロブニクは幻想的でした。
大観光地ということで夜でも
たくさんの人で溢れていました。
あと物価が高い。
最近テレビで取り上げられることも
多いドブロブニクですが、
実際に行くと本当に綺麗です。
翌朝にはスルジ山(412m)に登り、
旧市街を山から眺めました。
旧市街は約2kmの城壁に囲まれているのですが、
上から見るとまるでジオラマのようです。
何か現実離れした街づくりでした。
もちろん私が観光客だからですけど。
その城壁にも入れるのですが、
そこからの眺めもまた絶景です。
幸い快晴で、アドリア海の輝きと
オレンジ色の屋根のコントラストが
これ以上なく映えていました。
「アドリア海の女王」
「アドリア海の真珠」
などなどドブロブニクを表す言葉は
たくさんありますが、
これを考えた人のワードセンスは
確かなものと思わざるをえません。
是非一度行ってみてください。
物語の中にいる気分を味わえます。
続いてボスニア・ヘルツェゴビナへ。
つい10年前まで紛争してた国です。
古い建物にはもれなく銃痕があり、
瓦解寸前の建物も少なくありません。
一方で近未来的なビルも建てられ、
まさしく発展途上国でした。
また10年後に来たら全て様変わり
していることでしょう。
サラエボの旧市街は屋根の低い
土産物屋でひしめき合い、
また独特の味わいがありました。
ここで紛争で使われた薬莢を
用いて作られたペンを購入。
前にバイトしていた会社の方への
お土産にしました。
そしてサラエボ事件の現場。
プレートがあるだけでしたが、
ここから世界が変わったと思うと、
プレートにも重みが出ます。
サラエボを去り、ザグレブへ。
ドブロブニクへ行く時も来ましたが、
あの時は本当に一瞬でした。
改めてちゃんと観光です。
ザグレブはクロアチアの首都。
日本で言うと銀座みたいな街です。
クロアチアはネクタイ発祥の地
としても知られています。
せっかくだから一本買っていこうということで店に入ったら
有り得ないぐらい高くて泣く泣く諦めました。
あとプリトヴィツェ湖群国立公園
にも行きました。
天候に悩まされる時もありましたが、
スケールの大きな自然に囲まれる
貴重な経験ができました。
四方八方を自然に囲まれる経験は
東京では少なくなっています。
私は私なりにバナナの旅や国内旅行を通して自然を感じる機会を持とうとしていますが、それでも海外の自然はやはり圧巻です。
次に行ったのはリュブリャーナ。
スロヴェニアの首都です。
駅を出て開口一番
T「ここ本当に首都かよ?」
私「武蔵野感がすごいな!」
I君「これだから後進国はよぉ!」
言葉が通じないことをいいことに
言いたい放題です。
絶対にマネしないでください。
しかし本当に駅の近くは
ただの住宅街でした。
駅から離れ旧市街に出れば多少賑わっていますが、
ウィーンやドブロブニクに比べると田舎っぽい印象です。
住み心地重視なんでしょうね。
あと教会がポップでした。
古めかしさや重厚さはありません。
これもまた、観光地としてではなく、
地元の人に愛される工夫だと思います。
リュブリャーナからは
ブレッド湖という観光地に行きました。
湖の中に小さな島があって、由緒ある
教会が建っていることで有名です。
そして、これは完全に偶然なのですが
クレント祭の開催中でした。
ハロウィーンとなまはげを
足して二で割ったようなイベントです。
仮装したり歌のステージがあったり
すごい盛況っぷりでした。
しかし翌日(日曜日)になったら
一気に街から人が消えました。
本当に水を打ったよう。
店なんてマクドナルドとケバブ屋以外
全部閉まっちゃってます。
スーパーもやっていません。
現地の人の生活が気になる。
前日、青空市場で賑わっていた広場は
全面駐車場になっていました。
おかげで全然やることねぇ。
ある意味、日本とのギャップを
最も感じた時かもしれません。
そして最後にウィーンに戻って、
ホテルが見つかりませんでした。
I君「住所は絶対ここなんだよ!」
私「そっちの通りはどう?」
T「まったく見つからない」
最後の最後に武蔵野らしさが
全開です。
藁にも縋る思いで
現地の人に尋ねました。
現地民「あぁ、その宿ならあそこの窓のところだよ」
指差した先はどう見ても普通の
集合住宅の一室(3階)。
仮にあそこが宿だとして、
どうやって入るのだろう。
現地民「オーナーに電話してみたらどうだい?」
と言われても、海外で使えるような
携帯電話は持ち合わせがありません。
現地民「番号は?俺の携帯で電話してやるよ!」
このお兄さん超面倒見良い。
ポケットからiPhoneを取り出し、
ドイツ語で話をつけてくれました。
現地民「30分待ってな。オーナーが来るぜ」
お兄さんに最大級の感謝を捧げます。
言われた通りに待ちましょう。
現地民「外は寒いだろ?ここで待ってな」
そこにあったBARの裏口を
開けて我々を招き入れてくれました。
お兄さん何者?
ウィーンの番長?
おかげで無事にオーナーとも会え、
チェックインを済ませられました。
しかし、そこで時間を取られ
予定がかなりズレました。
とりあえず何か食べようということで
ザッハトルテの店に。
その店の名も「ザッハー」。
もう間違いありません。
店に入って適当に席を取ると
店員が注文を取りに来ました。
私「えーっと、コーヒー3つと...」
店員「ザッハトルテ3つでしょ!」
まさか注文を先に言われるとは。
それだけ名物ってことですね。
待つこと数分、出てきました。
・・・。
もうね、今まで食べたケーキ類の中で
一番おいしかったです。
上品な甘さとは何ぞや、ということを
舌で知ることが出来ました。
男3人でケーキ食べてる絵面は
なかなかしょっぱかったですが。
次の日が大変でした。
朝からシェーンブルン宮殿に行き、
王宮美術館とシシィ美術館に行き、
ベルヴェデーレ宮殿に行って
最後に美術史博物館に行きました。
クリムトやモネ、ブリューゲルらの絵画だけでなく、
宮殿で使われていた銀器などの展示もありました。
ただ今となってはどの施設で
どの資料・作品を見たかうろ覚え。
そのぐらい駆け足でした。
旅行最後の食事はウィーン名物、
パラチンケン。
ヴィーナー・シュニッツェルと並ぶ
ウィーンの代表的民族料理です。
クレープ生地で野菜や肉を巻いた
ウィーン風の春巻きです。
最初は何かと思いましたが、
普通に美味しくいただきました。
ウィーンは何を食べても美味しい。
その分お金は飛んでいきますが。
こうして全旅程を終了し、
ウィーン空港から帰国しました。
途中、トランジットのためミュンヘン
も観光することができました。
ただ、これまで見てきた街に比べて
ミュンヘンは大都会すぎました。
お金も無いので本当に
見て回るぐらいしかできません。
それでもフラウエン教会と市庁舎は
立派な作りで見応えがありました。
ただここで雹が降ってきて慌ただしく
空港に戻ったのは予定外でした。
そして、ついに帰国。
本当に名残惜しかったです。
もっと色々見たかったし、
もっと色々食べたかった。
でもモラトリアムの最後に海外に
行けて良かったです。
今まで行かなかった大きな理由は
「行っても何も吸収できない」
なのですが、今回の旅行は多くの吸収するものがありました。
この旅程、オススメですよ。
一生モノの経験になります。
------------------
情熱大陸/葉加瀬太郎
普段から聴く曲ではないのですが
今回はこの曲しかないです。
初めて日本という島から出て、
ヨーロッパという未知の土地へ。
旅行を経て改めて聴くと、この曲が表している旅立ちの不安や期待を強く感じることができます。
ある経験を経て、印象が変わったり、
強固になる曲って凄いですよね。
そういう曲が他にもあったら
聴いてみたいです。
------------------
さぁ、今日から社会人だ。
2月の頭以来更新が途絶えました。
その理由といたしましては
①旅行に行っていた
②明日から新社会人に
この二点によるところが大きいです。
それぞれについて詳しく話すと
文字数がいくらあっても足りません。
ただ、社会人になる前に1つだけ
まとめておきたいことがあります。
先月行った中欧旅行です。
今回は旅行の話をします。
------------------
2月21日から3月6日まで高校の同級生と
3人で中欧を周遊してまいりました。
一緒に行った2人のうち1人はTです。
前に平和島で苦汁を舐めたTです。
もう一人はIくんと言って、
海外周遊が趣味の逸材です。
元々、TとI君が卒業旅行で中欧に
行こうとしていたところ、
初海外のTが私もメンバーに加えた
ところから話が始まります。
俺も海外行ったことないのに。
何の力にもなれないのに。
しかもこの時点ではどこに行くのかも
聞かされていません。
LINEで参加表明だけした翌々日に
3人で集まり詳しい話を聞きます。
I「アルバニア行こうぜ!」
私「どこそれ!?」
I「コソボ(紛争地帯)の隣!」
私「絶対行かねぇ!」
私「ていうかいつから行くの?」
T「2月14日から行こうぜ」
私「20日に内定先の研修が!」
T「じゃあお前は21日からな」
私「誘っておいて!?」
とんでもない2人です。
この会話を経て参加を決めた
私も私ですが。
その後も会議を繰り返しました。
海外初心者の私とTはI君から
海外旅行の心得も教わります。
スリが多いから財布は2~3個に分け、チェーンなどでロックしておく。
通貨がバラバラだから新生銀行の口座を作って海外で引き出せるようにする。
などなど、言われなきゃ出来なかった
ようなことがいくつもありました。
3人で高田馬場のスタバに陣取り、
地球の歩き方をためつすがめつしながら
決まった旅程が以下の通り。
成田(日本)
⇒ウィーン(オーストリア)
⇒ブダペスト(ハンガリー)
⇒ドブロブニク(クロアチア)
⇒モスタル(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
⇒サラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
⇒ザグレブ(クロアチア)
⇒リュブリャーナ(スロヴェニア)
⇒ウィーン(オーストリア)
⇒ミュンヘン(ドイツ)
⇒成田(日本)
結局、I君は先に行ってコソボを観光し、
後から私とTが2人で向かうことに。
Tも流石に拳銃所持率がアメリカより
高い国には行きたくなさそうでした。
予定が決まった後が大変でした。
ツアーとかではないので、すべて
自分たちで手配する必要がありました。
スカイスキャナーで航空券を買い、
ブッキングドットコムで宿を予約し、
新宿の大黒屋でユーロに両替し、
旅より事前の準備が一番大変でした。
パスポートも持ってないので
ちゃんと申請しました。
その僅か1か月後にはもう4ページが
埋まるとはパスポート自身も
思っていなかったことでしょう。
そうして諸々の準備が終わり、
I君が日本を発つ2月16日。
「じゃ、2月24日午後5時にドブロブニクのバスターミナルで!」
こんな大規模な待ち合わせ初めてです。
それから遅れること一週間。
私の研修を終わるのを待って
私とTも出発します。
生まれて初めての海外。
生まれて初めての飛行機。
生まれて初めての長期旅行。
何もかもが初めての私には、ウィーンに
降り立った瞬間から全てが新鮮でした。
ホテルが見つからなくてセクシー街に
迷い込んだ時は泣きそうでしたが。
それでもシュテファン寺院の荘厳さ、
王宮の豪華さは圧巻でした。
次に行ったブダペストにも王宮と寺院が
ありましたが、
ウィーンのそれとはまた趣が異なり、
興味深いものがありました。
ウィーンの王宮、寺院の多くは
横に広がる作りをしています。
シュテファン寺院は縦ですけど。
対してブダペストの場合は、
箱型とでも言うべき作りです。
単純に土地の量の差かもしれません。
元々ハンガリーがオーストリアの
属国だったため、
ウィーンのものより豪奢では
いけなかったのかもしれません。
その真相はどうでもいいんですが、
国柄の違いから色々と想像できるのは、
周遊ならではの楽しみでした。
そして迎えた2月24日。
この日が一番ハードでした。
ブダペストから朝6時の鉄道に乗って
6時間かけてザグレブに移動し、
ザグレブから1時間ほど飛行機に乗って
ドブロブニクに向かう。
見知らぬ土地でこの規模の移動。
ザグレブ駅からザグレブ空港までの
バスに上手いこと乗れるかが肝でした。
走りましたね。
8kgの荷物を持って、ザグレブを。
バスターミナルに着いたら即座に
インフォメーションへ駆け込みます。
私「空港行きはどれですか?」
係員「ここを出て階段を降りたら左に自動ドアがあるからその奥だよ」
私「何か長いこと喋ってるけど何言ってるかわかんねぇ!」
しかし人間、切羽詰ってると凄いです。
私史上、最高にメッセージ性の強い
身振り手振りが発動し、
見事に係員の言わんとしていることを
理解するに至りました。
飛行機にも速やかに搭乗し、
到着したるはドブロブニク。
観光はさておき、バスターミナルを
目指してバスに乗ります。
そしてバスターミナルで待つこと数刻。
I君「お~、お疲れぃ!」
バスから颯爽とI君が登場です。
私「会いたかったぜー!」
T「生きていたか!」
まるで感動の再会みたいです。
実際、感動の再会でした。
ここからは旅行玄人I君が一緒なので
ぬるゲーです。
ずっと夜は出歩かなかったのですが
I君がいるなら話は別。
夜のドブロブニクは幻想的でした。
大観光地ということで夜でも
たくさんの人で溢れていました。
あと物価が高い。
最近テレビで取り上げられることも
多いドブロブニクですが、
実際に行くと本当に綺麗です。
翌朝にはスルジ山(412m)に登り、
旧市街を山から眺めました。
旧市街は約2kmの城壁に囲まれているのですが、
上から見るとまるでジオラマのようです。
何か現実離れした街づくりでした。
もちろん私が観光客だからですけど。
その城壁にも入れるのですが、
そこからの眺めもまた絶景です。
幸い快晴で、アドリア海の輝きと
オレンジ色の屋根のコントラストが
これ以上なく映えていました。
「アドリア海の女王」
「アドリア海の真珠」
などなどドブロブニクを表す言葉は
たくさんありますが、
これを考えた人のワードセンスは
確かなものと思わざるをえません。
是非一度行ってみてください。
物語の中にいる気分を味わえます。
続いてボスニア・ヘルツェゴビナへ。
つい10年前まで紛争してた国です。
古い建物にはもれなく銃痕があり、
瓦解寸前の建物も少なくありません。
一方で近未来的なビルも建てられ、
まさしく発展途上国でした。
また10年後に来たら全て様変わり
していることでしょう。
サラエボの旧市街は屋根の低い
土産物屋でひしめき合い、
また独特の味わいがありました。
ここで紛争で使われた薬莢を
用いて作られたペンを購入。
前にバイトしていた会社の方への
お土産にしました。
そしてサラエボ事件の現場。
プレートがあるだけでしたが、
ここから世界が変わったと思うと、
プレートにも重みが出ます。
サラエボを去り、ザグレブへ。
ドブロブニクへ行く時も来ましたが、
あの時は本当に一瞬でした。
改めてちゃんと観光です。
ザグレブはクロアチアの首都。
日本で言うと銀座みたいな街です。
クロアチアはネクタイ発祥の地
としても知られています。
せっかくだから一本買っていこうということで店に入ったら
有り得ないぐらい高くて泣く泣く諦めました。
あとプリトヴィツェ湖群国立公園
にも行きました。
天候に悩まされる時もありましたが、
スケールの大きな自然に囲まれる
貴重な経験ができました。
四方八方を自然に囲まれる経験は
東京では少なくなっています。
私は私なりにバナナの旅や国内旅行を通して自然を感じる機会を持とうとしていますが、それでも海外の自然はやはり圧巻です。
次に行ったのはリュブリャーナ。
スロヴェニアの首都です。
駅を出て開口一番
T「ここ本当に首都かよ?」
私「武蔵野感がすごいな!」
I君「これだから後進国はよぉ!」
言葉が通じないことをいいことに
言いたい放題です。
絶対にマネしないでください。
しかし本当に駅の近くは
ただの住宅街でした。
駅から離れ旧市街に出れば多少賑わっていますが、
ウィーンやドブロブニクに比べると田舎っぽい印象です。
住み心地重視なんでしょうね。
あと教会がポップでした。
古めかしさや重厚さはありません。
これもまた、観光地としてではなく、
地元の人に愛される工夫だと思います。
リュブリャーナからは
ブレッド湖という観光地に行きました。
湖の中に小さな島があって、由緒ある
教会が建っていることで有名です。
そして、これは完全に偶然なのですが
クレント祭の開催中でした。
ハロウィーンとなまはげを
足して二で割ったようなイベントです。
仮装したり歌のステージがあったり
すごい盛況っぷりでした。
しかし翌日(日曜日)になったら
一気に街から人が消えました。
本当に水を打ったよう。
店なんてマクドナルドとケバブ屋以外
全部閉まっちゃってます。
スーパーもやっていません。
現地の人の生活が気になる。
前日、青空市場で賑わっていた広場は
全面駐車場になっていました。
おかげで全然やることねぇ。
ある意味、日本とのギャップを
最も感じた時かもしれません。
そして最後にウィーンに戻って、
ホテルが見つかりませんでした。
I君「住所は絶対ここなんだよ!」
私「そっちの通りはどう?」
T「まったく見つからない」
最後の最後に武蔵野らしさが
全開です。
藁にも縋る思いで
現地の人に尋ねました。
現地民「あぁ、その宿ならあそこの窓のところだよ」
指差した先はどう見ても普通の
集合住宅の一室(3階)。
仮にあそこが宿だとして、
どうやって入るのだろう。
現地民「オーナーに電話してみたらどうだい?」
と言われても、海外で使えるような
携帯電話は持ち合わせがありません。
現地民「番号は?俺の携帯で電話してやるよ!」
このお兄さん超面倒見良い。
ポケットからiPhoneを取り出し、
ドイツ語で話をつけてくれました。
現地民「30分待ってな。オーナーが来るぜ」
お兄さんに最大級の感謝を捧げます。
言われた通りに待ちましょう。
現地民「外は寒いだろ?ここで待ってな」
そこにあったBARの裏口を
開けて我々を招き入れてくれました。
お兄さん何者?
ウィーンの番長?
おかげで無事にオーナーとも会え、
チェックインを済ませられました。
しかし、そこで時間を取られ
予定がかなりズレました。
とりあえず何か食べようということで
ザッハトルテの店に。
その店の名も「ザッハー」。
もう間違いありません。
店に入って適当に席を取ると
店員が注文を取りに来ました。
私「えーっと、コーヒー3つと...」
店員「ザッハトルテ3つでしょ!」
まさか注文を先に言われるとは。
それだけ名物ってことですね。
待つこと数分、出てきました。
・・・。
もうね、今まで食べたケーキ類の中で
一番おいしかったです。
上品な甘さとは何ぞや、ということを
舌で知ることが出来ました。
男3人でケーキ食べてる絵面は
なかなかしょっぱかったですが。
次の日が大変でした。
朝からシェーンブルン宮殿に行き、
王宮美術館とシシィ美術館に行き、
ベルヴェデーレ宮殿に行って
最後に美術史博物館に行きました。
クリムトやモネ、ブリューゲルらの絵画だけでなく、
宮殿で使われていた銀器などの展示もありました。
ただ今となってはどの施設で
どの資料・作品を見たかうろ覚え。
そのぐらい駆け足でした。
旅行最後の食事はウィーン名物、
パラチンケン。
ヴィーナー・シュニッツェルと並ぶ
ウィーンの代表的民族料理です。
クレープ生地で野菜や肉を巻いた
ウィーン風の春巻きです。
最初は何かと思いましたが、
普通に美味しくいただきました。
ウィーンは何を食べても美味しい。
その分お金は飛んでいきますが。
こうして全旅程を終了し、
ウィーン空港から帰国しました。
途中、トランジットのためミュンヘン
も観光することができました。
ただ、これまで見てきた街に比べて
ミュンヘンは大都会すぎました。
お金も無いので本当に
見て回るぐらいしかできません。
それでもフラウエン教会と市庁舎は
立派な作りで見応えがありました。
ただここで雹が降ってきて慌ただしく
空港に戻ったのは予定外でした。
そして、ついに帰国。
本当に名残惜しかったです。
もっと色々見たかったし、
もっと色々食べたかった。
でもモラトリアムの最後に海外に
行けて良かったです。
今まで行かなかった大きな理由は
「行っても何も吸収できない」
なのですが、今回の旅行は多くの吸収するものがありました。
この旅程、オススメですよ。
一生モノの経験になります。
------------------
情熱大陸/葉加瀬太郎
普段から聴く曲ではないのですが
今回はこの曲しかないです。
初めて日本という島から出て、
ヨーロッパという未知の土地へ。
旅行を経て改めて聴くと、この曲が表している旅立ちの不安や期待を強く感じることができます。
ある経験を経て、印象が変わったり、
強固になる曲って凄いですよね。
そういう曲が他にもあったら
聴いてみたいです。
------------------
さぁ、今日から社会人だ。
