東日本大震災から3週間ほどたちましたね。

去年からブログを書いてなくて久々に覗いてみたら、ほとんど閲覧されてない・・・あたりまえだな~と。


今回被災に遭われた数多くの方にまずお悔やみ申し上げます。


僕は今日震災が起きてこれまでメディアやインターネット、新聞や雑誌などで見聞きした事で思うこと述べます。

はじめに、僕の書く事で気を悪くされる方や、不快に感じる方がいる事は百も承知で述べていきますので、その事についての批判や質問等、又、ご意見など沢山いただければ幸いです。


特定の人や団体を否定した物でないことご理解いただければ幸いです。


まず、ニュース速報で地震を知った時こんなにひどい物とは思いもしませんでした。


その後の津波、原発、数多くの被害があり、有ってはいけない結果となってしまいました。

その中から、懸命に生きようと又、懸命に励ましあい復興、復旧に、努めている方が沢山いる事が誇りに思え、又、尊敬いたします。


国がしかっりとした対応を出来ず、お粗末な結果が続いている事、少なからず窃盗や犯罪が起きている事、大変悲しく思いますが、一番大事なこと忘れてませんか????


世間では「こんな時こそ」という言葉が沢山飛んでいますが、僕は「こんなときしか」と思います。


それは常日頃この社会で生きていくうえで他人様に生かされ、しかし自身が強くたくましく生きていかなくては金銭的にも気持ちの上でも幸せにはなれないと思うからです。

考え方によっては、この震災で数多くの方が気が付いたから良かったと思うかもしれませんが、

それでは足らないと思います。


すべての人に大切な人がいると思います。それは自分自身かもしれないし子供や家族。友人や地域の方。十人十色でしょう。


被災された方がにまず感じてほしい事は、自分たち以外の人々のおかげもあって今現在復興や復旧が進んでいる事。


その速度は思っているよりも遅いかもしれない、こんな時に国は何してんだ?とか、僕たちは私たちは子供達・・・こんな目にあったんだ。だから助けてくれよ。これじゃ駄目です。


支援する人たちが同情し、共感し支援をする事とあなた方がして貰いたい、してもらわなければ生きていけないとと思うことは、全く違う事だと認識してください。

そうすれば自ずと自分自身で乗り越えようと努力する、もがく、感謝する、そして、又共感し支援が集まる。

その結果個人が強くなり他人に依存をし過ぎることなく、心と一緒に真の復興となるのではないでしょうか???


この件に関して被災者すべての方が頑張っていないとか、感謝していないとかそう言いたい訳じゃ有りません。


次に支援者の方々に・・・どのような形にせよお金が集まる事は復興、復旧に役に立ちます。意味のない募金や支援物資はないでしょう。


でも、非被災者が、右に習えで支援が美徳だと思うことは凄く怖い事です。


今をも生きるために懸命な人々に手を差し伸べる事は正しい事と僕自身も思っていますが、

悲しいかなすべての人間が他人を思いやり、手を差しのべ、謙虚に、たくましく生きていない。

他人の事なんて関係ない、自分自身、自分たち家族がよければ良い、自分の友人、知人が・・・・

としか考えれない、もしくはそんな事考えた事もない人々が今の世の中増えすぎた。


だから、こんな時にしか気付けないんだ。


日々の生活の中であった事も無い人、すれ違う人、顔見知り、知人、友人、親族、兄弟、親、家族、子供すべて、大切な命であり、不必要な物など1つも無い。


1つだけ有るとするならばそれは、頑張らない人、初めから他力本願で生きている奴、自己利益の為に他人を犠牲にする輩は要らない。


何らかの理由で頑張れない、結果の出ない人たちは見守る必要はあると思います。

でも、それも周りの理解と協力があってのことと思えば多くを望めない。


過剰な保護や福祉、本質を理解しないまま増えていくボランティアその行く末は・・・・・・


国に守ってもらおうなんておこがましい事。日本国民、自分自身が強くなりその強さの中にある優しさが本当の優しさで、他人にぶつけて良い優しさではないでしょうか。


誰もかれもに差し伸べる手なんて優しさじゃない。弱さだと思います。


いけない事はいけない、悪い事は悪いといいのける強さ。


懸命に自身たちだけでもがく人々に損得無しに手を差し伸べる強さ。


死を恐れない、死をも負のもの思わないよう日々を懸命に生きていく事、こんな風に思えるよう強くありたいと思っています。


生まれた時点で死ぬ事が決まっていて、運悪く若くしてなくなる方、何も出来ないまま無くなってします方、この地球上には沢山います。


だから、生きている僕たちは生きている間、懸命に(たまにはサボって)力強く、そして、悪には立ち向かって生きていかなければならないのではないでしょうか?


この震災で沢山のものが失われました。

だからこそ、多くを生み出さなくてはいけない。

命あることだけで、その他0からはじめる事。

死んだ人は、故郷をも捨てれない、支援すら受けられない、批判すら出来ない、不謹慎もできない、悲しむ事も、喜ぶ事も、夢も希望も持てない、すべて無になります。


本人とっては無であっても、生きている僕たちには無ではない。


存在した事、一緒に過ごした時間、否定し共感し感じ想い悲しみ喜び泣き笑い怒りハシャギ叫びそんな時間を一緒に感じた事がこれから僕たちが心に残していく事が使命であると思います。


遠く遠く離れた場所で偉そうに言っています。

気を悪くされた方は尚更考えてみてください。


この世の中が本当に良い国になりますよう僕自身ががんばって生きます。


それでは・・・・・


≧(´▽`)≦7月26日AM4:00過ぎに待望の3人目(次女)が生まれました。

子供の存在が今の僕の源でもあり、すべてなので凄くうれしかった。


名前はひらがなで「ひかり」。なにか意味があるわけでもないのだが、生まれる前から妻と決めていた。


自営業のかたわら定休日には子供達の遊び相手で1日が終わり自身の時間なんてほとんど取れない。


正直、もう少し好きな麻雀をしたいのは本音だが、先日の僕の誕生日祝いに妻から時間をもらえ、3年ぶりくらいに徹夜で麻雀をさせてもらった。楽しくて楽しくてたまりませんでしたね。ヾ(@°▽°@)ノ


子供と遊ぶのも好きなので全然苦痛ではない。今は食のありがたみを教えるために家庭菜園で野菜や果物を少し作っている。

長男(5歳)の大好物の紫蘇やししとう、ピーマンにオクラ、スイカと枝豆、ナスにミニトマトなど・・・。


きちんと世話をするように言っているが、やはり子供。9割がた僕が世話をする事に・・・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

飲食店なので深夜に帰ってきて子供達とはあまり過ごす時間が無いので子供達と過ごす休みは貴重だ。


話は変わりますが、


最近は悲しい事件などが多いので、心が痛みます。ドラマで天海祐希の「ゴールド」でしたっけ、大変共感しています。

少し、極端なとこはあると思いますが是非見てください。


生まれてきたくれた子供達に感謝し、無事に生んでくれた妻にも感謝です。


でも世の中のお母さん達に言いたい事があります。

女性からは、批判されるかもしれないが、


子供が生まれた時点でもう「女」という部分を最優先事項にしないでください。

いつまでも綺麗でいてほしいですが、子供が先です。


出産は大変な事は百も承知ですが現実に女性にしか出来ない事。10月10日大事(基本は)にお腹の中で育てる事は、言うまでもなく命がけだと思います。


しかし、その事を理由に、情緒不安定、産後鬱や育児ノイローゼ、とあたかも当然のごとく言わないでほしい。

旦那が全くの非協力者であればまだ納得しますが、僕から言わせれば覚悟が足りないだけです。


僕は女性がうらやましいです。結婚しなくても、妊娠さえすれば子供は生める。男は少なくても10月10日誰かのお腹を借りなくては自身の子供は作れません。


もっと自信を持って子供と接してください。旦那がどうとか、周りがどうとか関係ないです。

自身で生んだ子供であることは間違いない事実です。その事だけを頭に、子供のことが第一優先で生きてください。

そのための息抜きや、ちょっとしたサボリくらいは子供達も多めに見てくれます。


いかなる理由があろうとも、子供の命に手をかけたり、自身の命を投げ出したりしてはいけません。

それは、たんに逃げてるだけです。

どんなに頑張っても無理な場合は子供を誰でもいいから託して、自分だけ逝ってください。


でも、それは子供の最良の幸せを逃す事になります。


どんなに辛くとも、お腹を痛めた期間、命をかけたお産、大切な命が途絶えた時(想像してみてください)に比べれば大したことではないのでは・・・・?

子供の寝顔、微笑み、これに勝る幸せが何処にあろうか!!!


こんな単純でもっとも大切な事に気が付かない大人たちがどうかいなくなり、これからの子供達に明るい未来が来ます事、強く願いながら日々精進します事皆様に誓います。


最後に、男たち諸君よ。妻のためではなくてもよい。子供の為に出来る限りは協力する事。

外での付き合いも大切だし、大変なのはわっかておるが今のおなごは強い(わがまま)ぜよ!!!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


それでは皆様、夏バテ等せぬようお元気で・・・・・・≧(´▽`)≦







博多ではない地区だが、僕の地域でも市の祭りとして山笠がある。

いくつかの地区で競い合うのだがみんな必死だ。

子供山から若者、老人まで血気盛んなヤロー共がわんさかと・・・

市のお祭りとして数十年、歴史のある祭りなので否定はしないが、参加者たちの礼儀の無さがなんとも・・・

すべての住民が参加、協力する訳ではないし、通行止めや営業妨害らしからぬ結果になったりなど、迷惑もしばしと。

それでも地域の祭りなので、毎年ながら差し入れも持っていきました。お礼が欲しい訳でもないし、少しでも役に立ってもらえればとの思いと、付き合いだから仕方が無いとの思い半分半分だったが、今日の、流が気(地元の方々へのお披露目的ものです)をみて、やっぱ嫌いだと思った。


山が通る時、信号など関係なく実行部役員の爺さんたちが赤い旗を持って車を止めていた。

約10分くらい経っただろうか山とヤロー共が通り過ぎた後、その赤旗の爺さんは、止めていた車の人たちに一言もお礼も言わないばかりか、頭も下げずバイクに乗って又、次の交差点へ・・・・・

その他の場所でも偉そうに堂々と交通整理(自分たちが楽しむためだけの祭りに必要な)を・・・・・

参加している人だけではなく、地域やその他の方々の協力のもと開催されていると思えば、頭のひとつ安いものだろうが・・・謙虚さのかけらも無い。

去年、一昨年の追い山の後など、もっとひどかった。

打ち上げを商店街の一部を20分程だが通行止め、一昨年からその場所で商売を始めたがここ2年とも、営業中の店舗の入り口の前、約50CM位の所にヤンキー座り・・・・切れそうになって戸を開けたら知り合いの参加者が「俺からきちんと実行部に言うから堪えて」と

いくら本番後お疲れだろうが、人としておかしい。少し考えれば常識はずれな事くらい明白。

そんな山笠の本質を2年見てきた。

今年も過去2年と変わらないだろうが残す15日の追い山の後、きちんと締めていただければ今年も我慢しようと思う。

こんな、常識外れの自己中かつ勘違いの奴らだけ(その家族)(そうでない方もいます。)盛り上がる祭りはもうやらなくていいと思ってしまう。

歴史ある祭りなので継続する事が大切なことくらいわかるが、もっと本質を向上させてほしいと心から願ってます。