経緯はよく分からないんですが、
「好きから入るのは良くない」が持論になりました。
合う、合わないというのは誰が相手でもありますが、
「ズレてる」=「合ってない(だけ)」と捉えるのは良くない。
危険です。
ちゃんと向き合ってからじゃないと、
見えるものも見えないし、見えないものはなお見えない。
そういうものなんでしょう。

「声にしないと分からない」も最近。
鈍感なのを差し引いても、
サシで空気読めだの察しろというのは、
無理を言ってるとしか思えません。
(最低限気を使うのは当たり前ですが)
メールでも人づてでもなく、
ちゃんと言って貰わないと、
意味は分かっても伝わらない。
そんな気がします。

待機するのは構いませんが、
「待つ」のが苦手です。
何の希望も保証も無く待つのって、
どうしても「無駄な時間」に見えてしまい。
もちろん、何でも納期切って会社然とするのも、
野暮で無粋とは思うのですが、
先が見えない中で歩くのって辛いんですよ。
いきなり放り出されたら嫌われたと思うじゃないですか。
待てと言う方は楽なんでしょうけど、
言われる方は相当タフじゃないとやってられない。
そう思います。

「冷たくするなら最初から。優しくするなら最後まで」。
みんなこうなら苦労しないんですけどね。
冷たくできないんで結局苦労する…のも多いんですが。
いや、どう扱われても貫きますよ。
一人ぐらいこんな人がいても良いでしょう。
ここまで掌返しが横行してて、
みんな陰口叩かれて生きてる様な世の中なんですから、
一人ぐらい馬鹿がつく位正直でも良いのでは、と。


ホントに文章のアウトプットが下手になりました…。
もうちょっと頻度上げていきます。
それでは。
どーも。

梅雨までのひととき、皆様如何お過ごしでしょうか。
P’です。皆さん今晩は。

東京は桜もほぼ散り、
葉桜が目立ち始めまして。
今年見に行った桜は例年にも増して多く、
・神田川、
・中目黒、
・多摩川沿い、
・六義園、
・内堀沿い、などなど。
仕事上がりに都内を徘徊することが多いので、
必然的に桜を見ながら歩くことは多いのですが、
意識して見に行ったのはこの位でしょうか。
一番良かったのは駒込の六義園。
300円払った価値がありました。
満開の中目黒も多分相当良いんでしょうけど、
今年は満開直前に行ってきたので、
来年はもう少し計画的に。

シャツにカーディガンで出かけられるようになり、
季節の変わり目を意識しながら、
ipodの曲も微妙にいじったり聴き直したりしますが、
これからしばらくはこんな感じでしょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=qGvSVpqRU78
ほのかに暖かい季節がずっと続けば良いのですけど。

酒の量と頭を掻く頻度が増えました。
酒は相変わらずウイスキー、
時間と財布に余裕があればDUGに通う日々ですが、
一人バーも大分板に付いてきました。
この前飲んだブッカーズは鼻血が出そうになりましたが、
とりあえずは何を飲んでも、
「うわ、まっず!!」という感想は抑えることができます。
(良いところを拾うことができます)
全く意識はしてないんですが、
照れると頭を掻くクセが抜けていないらしく、
褒められるとガシガシやってるらしいです。
…撫でられたいのかは知りませんが。
いや、もちろん仕事でとっちらかって、
ガシガシと言うかワシャワシャやることも多く。
まぁ、だから何だって話ですね。はいはい。

休みの日は何やってるんでしょう。
カフェかドライブか、仕事も少々。
昇進試験でTOEICやってると加点になるらしく、
とりあえず650点だったかを目指して始動。
日本語脳に完全特化してる身分からすると、
「英語で喋れ」=「息止めてろ」位の拒否反応が。
まぁ、ちょっとした暗記と思えば乗り切れるでしょう。
学校で習う類の学問ごとき、できなくてどうするんですか。

気がつけば、仙台にも随分帰ってません。
去年のGW以来…かと。
壊滅した荒浜までチャリで行ったものですが、
そろそろgulp down cafeが恋しくもなり。
同志がいれば車で帰るのもありなんですが、
さて、どうしたものやら。
盛岡は…この前も帰ったしなので、
まぁいいか、と。

某コンビがいないと、
東京も随分広く感じますね。
山手線の内側であれば、迷うことはまずありませんが、
所帯持ちの友人が増えていく中、
一人飲みの頻度が増え、ボケッとすることが多くなり、
物思いに耽る時間ばかりが増えていき、
与太話をする機会があんまり無いのが少々寂しく。
独身貴族ってこんな感じなのかな、と思います。

いざ近況報告をしようとしても、
くだらない話しか出てこないもんですね。
事件らしい事件もなく過ごしてるんで、
このくらいが関の山なんでしょうか。
…悪いことではないんでしょうけど。

それでは。
どーも。

気付けば一か月放置ですか。すいませんね。
P’です。皆さん今晩は。

早いもので新年度。
社会人8年目に突入です(うっわ)。
今の会社ももうすぐ三年半、前職と同じくらいですか。
時の移ろいというモノは困ったもんですね。

ぼちぼち三十路が近づいて、
結婚報告も(ひと段落して)少なくなり、
代わりにmixiやfacebookではちらほらと、
ご子息やお嬢様の顔が増え。
うらやましい限りです。

普段はお茶飲んだり車を走らせたり、
好きな本を読んだり喋り倒したりと、
悠々自適(のんべんだらりと紙一重)に暮らしてますが、
一歩違ってたら、家族持ちの彼々女の様に、
子供をあやしながら、皆でどっかに遊びに行って、
皆で食卓を囲んで、寝顔を見たりしてたんでしょうか。
どうなんでしょう。
…一歩違ってたら、という表現もどうなんでしょう。

子供は割と好きな方ですし、
家事も一通りは覚えましたが、
家庭を築く自分、という絵が浮かびません。
恋に恋している状態ではないので、
地雷を踏むことはそうそう無いと思いますが、
(義足が吹っ飛んでも、最早大した痛手ではありませんが)
子供の頃に思っていた、所謂「フツー」とは、
結構な差が出てきてるな、と思うワケです。

その個々人の「フツー」とは、
概して自分の親だったりするワケで、
口は悪くとも態度には出さずとも上手くやる、みたいな、
ホームドラマみたいな派手さの無い家庭というか、
そんなものが「普通」で「フツー」だと思っていました。
でも何か最近、「まさか離婚するとは」の前に、
「まさか結婚するとは」というのが前に来てまして。
親御さんの結婚式を覚えている人なんていうのは、
恐らく皆無だろうとは思いますが、
結婚とか、それ以前に付き合うとか、
そういうのが異端に見えている自分がいて。

ゴールだけが見えている違和感と言うか。
「プロセスを吟味しないから結果が脆弱」というのも、
はい、ごもっとも。
もう「何とかなるハズ」で結婚したくはないですし、
(できれば自分を棚に上げずに)相手を選びたいですし、
大事にしたいと思ってます。
(幸せのカタチが人それぞれである以上、
「幸せにします」という宣言は無責任に聞こえます)
そうは思っているものの、
具体的な絵が思い浮かばないワケです。

一人でいた時期が長過ぎたせいなのか、
お灸が理不尽に熱過ぎたせいなのか、
「付き合う」という感覚が分かりません。
「好き」が先行しない方が、
冷静に自分を相手に伝えられるので便利ですが、
その先って何があるんだろう、と。
そういうのが分かりません。

そろそろ、「何となく家庭を築いているハズ」じゃなく、
「そのためにどーすんの?」を考えなければ。
の前に、ちゃんとした相手を見つけないと。
ちゃんと向き合わないと。
ちゃんと考えないと。

また戯言チックになってしまいましたが、
悩み多き29歳。いい加減にしたいものです。
それでは。