プランナーの日常 Ameba PLANNER NO NICHIJOU Ameba -37ページ目

プランナーの日常 Ameba PLANNER NO NICHIJOU Ameba

好きな曲をダラダラ。ジャンル分け (;´・д・`汗) 。無効発見、コメント <(_ _)> 。日々のつれつれは楽天。

紗綾―SAYA/リシャール コラス

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バリバリビジネスウーマン・フランス人がフランス語で書いて、それを本人が日本語に訳した小説。。。。。うーむ。おそるべしフランス σ(^_^;)

内容(「BOOK」データベースより)
フランスで、文学賞「みんなのための文化図書館賞」を受賞した『SAYA』を、著者であるリシャール・コラスが自ら日本語で執筆。歳の差を超えた純粋な愛に心が震える、儚くも美しい悲恋の物語。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
コラス,リシャール
フランス生まれ。パリ大学東洋語学部卒業。在日フランス大使館勤務、ジバンシィ日本法人代表取締役社長を経て、1985年にシャネル入社、1995年、シャネル日本法人代表取締役社長に就任。フランス商工会議所会頭、欧州ビジネス協会(EBC)会長を務める。国家功労章シュバリエ章受章、レジオン・ドヌール勲章受章。2009年にフランスで発表された『SAYA』で、フランスの文学賞「みんなのための文化図書館賞」を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


9本目 (;^_^A

「石狩―無辜の民」は、1981年6月30日札幌彫刻美術館が開館した翌日、本郷新がこよなく愛した石狩浜に設置、除幕した作品である。「無辜の民」とは、1970年アラブ、中東、インドシナの人々が戦争や紛争の中、悲惨な状態におかれた状況に触発されて15点連作した作品である。これらの作品は、単なる風俗の描写ではなく、抑圧された人間の典型を彫刻にすることで、世界平和を希求した作品であり、戦没学生記念碑「わだつみのこえ」に通じる本郷の社会性を感じる作品でもある。「無辜の民」シリーズ15点は小品であったが、その中で「虜われた人 I 」を高さ2メートルに拡大して、「石狩」と題して石狩浜に設置することを希望し、石狩町(当時)に北海道を通じて寄贈を申し入れた。一時、設置が頓挫したが、地元住民の募金活動によって設置が実現した。設置場所を石狩浜にしたのは、本郷の思い入れが強かったからである。1965年小樽市春香山にアトリエを構えたのも、石狩浜を一望できるからである。それほどこだわった石狩浜は、本郷にとってどんな意味があったのだろうか。人の手の入らない荒涼感と、果てしなくひろがる空間を兼ね備えた石狩浜は、いかにも北海道らしい。本郷にとって石狩浜は、少年時代を過ごした明治時代の風景が残り、孤独を満喫しながら思索に耽るためには絶好の空間であったのだろう。時間があれば石狩浜を訪れていた。出会う人がほとんどいない、海と砂浜が続く厳しい自然の中に身を置くことで、自然と対話しながら創造力を培っていたのだろうか。石狩浜は、開拓のために本州から船で入植した、北海道の明治期の歴史がここから始まったゆかりの地でもある。船で渡ってきた開拓民の過酷な歴史を作品に託すため、「石狩」像の台座は船の形をしている。前年に亡くなった本郷は除幕式には出席できなかったが、本郷の遺志により台座の中に分骨が納められた。(2004年7月30日・札幌彫刻美術館 学芸員 井上みどり)