プランナーの日常 Ameba PLANNER NO NICHIJOU Ameba -27ページ目

プランナーの日常 Ameba PLANNER NO NICHIJOU Ameba

好きな曲をダラダラ。ジャンル分け (;´・д・`汗) 。無効発見、コメント <(_ _)> 。日々のつれつれは楽天。

FBに中学生から高校時代にポツポツつけていた日記を公開しはじめた (;^_^A
自意識過剰だったり、なんだったりで恥ずかしいけれど、当時、何を考えていたかが新鮮です。
今日は日記以外で、一つ発見。不登校等々について、A新聞に投稿しようとしていたらしい。
封をして、切手も貼っていたけれど、結局投函しなかったみたいです。
僕もすっかり忘れていて、今日開封。

A新聞 若者取材班 様  (17歳だから、たぶん1984年)

(原稿用紙・・・投稿文だろうな)

 自殺者や登校拒否の話を聞くと、誰か心を打ち明けられる人が一人でもいたのならなあと考える。しかし、そうそう運良くそんな人に出会えるとは限らない。そんな時、この欄の「変だワ」さんが昔の自分の体験に裏打ちされた哲学をちょいと披露していたりすると多少の希望もそんな人達に湧いてきたりするんじゃないだろうか?
 この欄の「変だワ」さんは若者の一部の人の、しかも表面にばかり固執していて、奥深いことに触れている人はあまりいない様に思える。道徳問題も確かに重要だが、たまには哲学も必要である。軽薄な女子大生やイカれたファッションの人ばかりで自殺者がでるだろうか。よく言われることを単に繰り返してる様では芸がない。

(ファンシー便せん・・・選者宛だろうな)

 いつもわりとおもしろく読ませてもらっています。しかしながら、どうも何が言いたいのか理解しかねます。あなたがたはいったい何が言いたくてあの記事を書いていらっしゃるのですか?若者と大人のジェネレーションギャップをなんとかうめようとか若者にもっと考えてもらいたい、とか考えていらっしゃるのですか?でも、下らないですよあの記事。だいたい、ちょっと一言おっしゃる人たちのあのワンパターン攻撃はなんですか?「今の若者は個性がない」「ファッションがめちゃくちゃ」とか、「礼儀をしらん」とか。週刊誌やTVなんかじゃあるまいし、あまりにも表面的すぎます。軽チャーです。大人から若者が学ぶもっと大切なことはそんなことじゃないんじゃないですか。
 あの記事を読んでると、来週若者からどんな反論が来るか読めてしまうんですよね。例えば、「今の女子大生は軽ハクだ」なんてゆえば、ある人は「たしかに」とゆーだろうし、ある人は「それは一部です」とゆーでしょうよ。そりゃ。だからなんなんです?そんなことはへんなゲーノー人だって言ってんじゃないですか?
 今、いじめとか自殺者とか問題になってるけど「若者」とかゆうらんは、そーゆーなやみについて話し合うとおもしろいんじゃないですか。昔このらんへの投書で「先生が信じられない」とかいって、みんなから返事がきてたりしてませんでしたか?まあ、人生相談みたいなもんですよ。いいたいのは。
 自殺者とか登校拒否する人は、話す相手がいないんですよ。悩みを。こんなにたくさん人がいるのに1人もいないんです。悲しいと思いませんか。僕はわりと楽観主義でへらへらしているけど、それでもいろいろ悩みますよ。自分勝手な知人がいたりすると、「こいつは俺を利用するためだけに友達でいるんじゃなかろうか」とか「アフリカきがの募金だって、結局みんな募金した後、ゼータクしてるんだから偽善じゃなかろうか、そういう僕だって偽善者だ。」とか「学歴社会をけなしつつもみんなからはぐれることを恐れて勉強してみたりしてなんてだめな僕」とか。
 あいにく、僕の学校は先生はいー人だし、校内暴力もないし、男子校だし、世間でよくいう不満とか自殺者の心情を本当に体で理解することはできないけど、本当に孤独で悲しいだろうと思います。でも、人間って本当は理解しあえると思うんです。いやな先生だって自分の子には優しいだろうし、どっかに優しさはあるはずなんです。逆に保身にはしる先生をかわいそうだとも考えられるかもしれません。人間て哀しい生き物だと思うんです。だからそんな弱さをみんなでカバーしなくてはいけないんです。そんな『若者』の誌面作りをお願いします。
 
きたないうえにすごいえらそうにいってゴメンナサイ。

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↑から27年たちました。。。。。