1歳半健診で「発達障害」と指摘を受けてからショック過ぎて、少しでもマシに育てばいいなオエーと、私がやっていたことをまとめていきたいと思います。


1歳半〜未就園児の頃の生活。


まじでそもそも発語もなければ、目も合わない。

こちらの声かけに反応は乏しい。


え、私、孤独ぅぅぅ昇天ってなる日々。

自分以外の人間(子)が近くにいるにも関わらず、どんなに話しかけても無視される。これほど辛いことは無かったね魂が抜ける


この頃、とにかく息子の将来が不安過ぎて発達障害関連の本を読み漁ったね。(⬇︎)




そんな中で、意識してやっていたこと。


まず、子の興味関心ごとを引き金にしてコミュニケーションを促す


電車が大好きboyなので、電車を一緒に観に行く!

電車関連の遊びを一緒にする!

お出かけも電車イベントなど。


なんかさ、この電車活動のせい?おかげ?か、私も鉄ヲタになった気がする爆笑車両基地を見つけてワクワクするようになった等。


お菓子も大好きboyだったので、お菓子でコミュニケーションの訓練?的なことを家でしていた。

これはもはや犬の躾かのごとく。犬


なんなら、犬の方がよっぽど意思疎通取れるし、目も合う。

犬に失礼かもしれないが、あの頃の育児は育児というより、犬の躾だった。私と目を合わせれて、私が息子と意思疎通が取れた!と思えばお菓子のご褒美的な。ジンジャーブレッドマン


あとは、おさんぽビーグル犬しっぽビーグル犬からだビーグル犬あたま

とにかく暇あれば外に出て歩いていた。

自然多めの公園にもよく行った車


歩くって脳にいいらしい。

発達障害と脳がどう関係あるのかとかよく分かってないけど、家で息子と2人でいるより外に出て歩いてる方がマシと思って、ホームレスばりに外にいた。


もちろん、1歳半〜2歳台まで手を繋いで歩くことすら困難だった。

急に走り出したり、呼び止めても指示は入らない。

そんな状態だった。

でも、将来的にずっとこんな状態だと男の子だし身体も私より大きくなるであろうと思うと、一刻も早く息子が道を危険回避しつつ歩けるようになるというミッションはこの地球上で生きていくうえでものすごく大事なミッションだと思っていて爆笑


だから、手を繋いでくれるようになるまでは、急に走っても大丈夫そうなところを選んで連れてって散歩していた。

ベビーカーにいつまでも乗せたくなかったのもあって、ベビーカー卒業訓練はかなり早くから取り組んでいた。しかも、まあまあスパルタだったと思う昇天

でも、「抱っこ!」みたいな場面は抱っこも沢山していた。おかげさまで華奢だった私の肩幅、今ではガンダムなんだけど爆笑


とにかく毎日頑張ったおかげで3歳の誕生日頃にはベビーカーは完全に卒業できた乙女のトキメキ


さいごに、私が意識してやっていたこと。

とにかく睡眠リズムを安定させるまじかるクラウン


早寝早起き!これ大事だと思う。

基本中の基本!

その為に、お昼起きている時間は全力で遊んで、外の光あびさせて、疲れさせる。

夜には自然と眠る。

これだけはこの1歳台から唯一褒めていただいていたことでにっこり


以上、未就園児の頃を振り返ってみた!でした看板持ち