久しぶりのブログになりました

毎日書こうとした矢先

父に胆癌疑いが出て検査の日取りを決めた矢先

これまで健康だった母が急にあちらこちら体調を崩し

実際にも気持ち的にも慌ただしい日々を過ごしていました

 

父のステージ1胃がん手術から受け始めた定期健診

毎回毎回自分の中で父が胃がんだと知らされた時の

診察室の光景がフラシュバックして

毎回検査前は緊張し吐きそうになります

今回はさすがに大丈夫だろうと高を括っていた

肝臓の定期検査でまさかの胆のうの話になり

検査日までのこの30日やそこらは

【気にしない】ように努めることだけで精一杯でした

 

そして今日造影CTをとってきます

15日が検査結果を聞く日なので

それを聞いてからブログを再開しようと思いましたが

なんとなく今の気持ちをここに書いておきたくて

今日ブログを書くことにしました

 

以後の文章は長くなります(;'∀')

 

私はいつかお話しようと思いますが

とんでもない反抗期を迎えたバカ娘で

家庭は私が高校を中退するまで私のせいもあり

衝突のたえない日々をこれまで過ごしてきました

 

家を完全に離れたのは17歳のときでした

素直になれないまま月日は流れ

あるきっかけから数年後両親と連絡を取り合う中になるまでは

父親とまともに過ごした記憶がありません

 

覚えている限りの記憶は小学生低学年まで

 

それ以降は良いときなんてほぼ無く

家族と暮らしてたというよりもただの同居人だった

といったほうがしっくりくるような関係性でした

 

私が23を過ぎたころ父親は事業に失敗

と、いうより時代の流れの中で

仕事が減りほぼ無職となりました

 

自営業や役職に就いたことしかない父は

アルバイトや雇われに向いておらず

そのまま私が金銭のサポ―トをする形で

だんだんと仲が修復されていったのですが

 

数年前突如世界を騒がせたコロナウイルスの影響で

私の仕事にも支障が出始め実家で同居

という選択肢をとったのが

すべての始まりでした

 

人生の転機というやつです

 

一番最初に感じたのは

久々に両親と共に生活する毎日の中で

見て取れた両親の老いでした

 

【親孝行しなきゃ時間は止まっていてはくれない】

ふと自分の心に浮かんだ気持ち

 

親を大切にすることで

過去の償いをしたかっただけなのだと今ならわかります

親が歳をとっていることに気が付き焦ったんです。

 

私の両親は晩婚で母の不妊もあり私を授かったのは

奇跡だと周りに言われていたと母から話を聞いたことがあるのですが

小学生からお母さんの歳のことをまわりに色々言われていて

当時はそんなに気にしてはいなかったものの

歳の両親には私の反抗期はさすがに答えただろうと猛省しました

 

一言に親孝行といいますが

親孝行ってみなさんの中ではどんなことですか?

 

お金を支援すること

旅行に連れていくこと

孫の顔をみせること

親より長生きすること

 

親はきっと子供に親孝行なんて望んではいないでしょうし

子供が幸せに生きてくれていればそれでいいものなんでしょうが

子供側は必ず誰しもが一度は親孝行について考えると思います

 

私の場合

お金の援助に関しては未だに両親からすれば

罪悪感と申し訳なさしかないようで

病気をするたびごめんごめんと謝られ

逆に苦しめてさえいるような気がしますし

 

旅行なんて自分と両親の生活のサポートで

お恥ずかしながら日々かつかつ状態

 

何から手を付けていいものか最初のころは

親孝行を考えることでぼーっと日々は過ぎたものです

 

両親と同居を始めてから

父の異変に気付いたのが今から役2年前のことでした

 

我が家では私が調理を担当しているのですが

父の食べる量が急激に減ったのです。

今までもちょくちょく体調を崩し

大腸ポリープを切ったり、角膜が剥げたり

していましたがなんかその時は

そんな小さなことではない。。と

頭というより第六感的なもので感じたんです

 

その後タール便も出た父を

かなりの時間をかけ説得し

多少喧嘩はあったものの

どうにか消化器内科を受診させ

1か月先に胃カメラを予約し

さらに1か月後大きな病院で紹介状を出された

 

という流れが父の胃がん発見までの経緯です

 

そのころ両親が私の代わり?いえ

私より子供のように大切に育てていた愛犬も

癌で苦しんでおり

大型犬だったこともあり介護に追われ

初めてのてき便や自宅でのカテーテル指導など

問題を抱えていた我が家

 

父が胃がん手術のため入院したころには

祖母までもが癌を診断されました

 

すべてのことを私一人で対応するしかなく

記憶はところどころ抜けていて

そこについてはまた別の機会にお話ししたいなと思うのでが

 

結果父の手術が成功したあと

まもなく愛犬と祖母を見送りました

 

その経験から

【親孝行】ではなく人の一生、【人生】について

もはや考えるようになりました

 

人間は笑いあっているその瞬間も体内には大きな病巣が

あるかもしれなくて

 

死というものは

1秒前まで生命として扱われたものが

ご遺体になってしまう

あっけないもの

 

31歳の私には

父の癌を受け入れ 祖母の闘病を一人で支え

愛犬の闘病を支え 喪主をし

一切のお金を工面する

といった行為は全て初めての経験であり

きっと心身にかなりの影響をあたえたと思います

 

母はもともとメンタルが強いほうでは・・というより

不安定な人で気が弱く

とても何か荷物を一緒に持ってもらえるような人では

なかったですし

 

案の定という言い方をしたら冷めたように聞こえますが

愛犬の死後、うつ病を患いました

 

笑顔でいること

呑気に見せること

この二つがあの日から始まった私の親孝行です

 

そして両親二人に

態度で、言葉で

オーバーに聞こえ、見えるほど

二人が大切であると伝えることが日々の日課です

 

毎日笑顔の日々ですが私の心にはあの日以来

本当に楽しい瞬間は訪れず

常に両親にいつか訪れる死が恐怖でたまらない毎日です

 

ここまで私が両親の生に執着する原因となった

出来事はやはり

2年前の癌ラッシュだったと冷静に思います

 

毎日癌のことを調べていたせいか私のX(ツイッター)は

今でもおすすめが闘病関連ばかり

訃報をご家族が伝えるものばかり流れてきます

 

一日たりともあの日の興津を忘れなかった2年間に今また

癌というワードが私の毎日を支配しようとしています

 

誰に何を願おうが後悔しようが事実は変わらないかもしれません

でも何かに祈ることしかない日々と

どのみち逃げたくても過ぎていく時間

 

とうとう今日は検査日です

 

明後日の結果が出るまではここに来る余裕はありませんが

また明後日結果がどうあれここに書いて

自分自身の気持ちと向き合おうとは思います

 

初めてのまともなブログ更新がこんな内容で

とてつもなく長く

今後が思いやられますが

私が生きてその日思ったこと

私自身が抱えきれない問題をここに吐き出しながら

進むためにはじめたブログです

 

誰かの役にたったり

誰かを勇気づけられる大そうなブログにはなりませんが

どうかこれを見てくださったご縁のある方がおられましたら

家族との時間を大切にいきてください

胃がん発見までの流れでした