小石のドローイングを毎日描いている。
高麗川で水中から取り上げた小石。何でも無いただの小石、僕が拾い上げる事で小石は小石として認識される。その水中に在っても小石としては「非在」の物体。そこに在ってもそれだけでは小石とは成り得ない。その関係は小石からの「僕」も同様で、在るが無い関係。
そんな小石を描いているが、描き出された小石は何処から見ても小石には見えない。鉛筆とクレパスの動く軌跡が在るが、小石である必然は無い。
非在の状況が意味をなし、その非在を描く動いた軌跡が僕なのだ。
36度、湿度62%。
今週は思い、考える事アリで終えようとしている。
連日の猛暑と言う訳でもないが、考えてしまう。それでも、一日に一枚のクレパスと鉛筆のドローイングはやった。痕跡としての粘土。その痕跡の変貌の様な事を考え思い、また痕跡が残される唯一回性の時間等を思い描き、流動するこの今、現実の粘土での変貌を考える。
何を思い描いてもこの茹だる暑さの変貌は無い。
此処は姉の家である。
彼女は何事も自然のままを好み、食べ物も食品添加物を嫌い、コカコーラを嫌い、化粧もほとんど無しで、プラスティク製品を好まない。当然、エアーコンを好む事もない。
姉の娘はやはり連日の35度近くの暑さに耐えられず、彼女の部屋にエア-コンの設置する事を求め、姉に話し決まった。僕は最初にこの家に引っ越したその朝方、何と部屋は3度の寒さ、夏は35度を簡単に越える。恐ろしいもので、人は住む環境に直ぐに順応する、上原のマンションから移り三年目だが、暑さ、寒さも大丈夫だ。姉の事だ、「エアーコンは気分が悪くなる」と言って決してその部屋に入る事は無いだろう。病弱な姉の娘には快適な生活の始まりではあるが。
昨日、マップケースに整然と収納されている粘土塊に、この暑さと湿度を感じさせる為にベランダに全て並べた。その時、その時の温度と湿度を感じ、乾燥した粘土塊が湿りを吸い込む様子は眼には確認出来ないが多分必要なんだろう。正確な数値で確認出来れば良いが、ま、良いか。
もとの位置に戻すのも大変だが、しばらくはマップケースに収まってもらう事にする。
昨日同様に朝から暑い日だが、連続の暑さも体の方が適応して来るものだ。
暑さのそれは変わる事は無いが昨日の怠い感じは無い。むしろ流れる汗が心地良い思いも在る。汗でTシャツが体に張り付く気分は良いものではないが、昨日の不快感は減じている。不思議なものだ。
暑い日には、熱いコーヒーだ。エスプレッソを入れ、机まで持って来る間に雲行きが変わり、降りそうである。白っぽく見える黒瓦に少しの雨跡が見えるが、それもすぐその痕跡は蒸発して瓦本来の黒い色から白っぽいグレーに戻る。一雨降ると、涼しくなるのだが。
汗を流し飲む熱いコーヒーも旨い。さて、意味の無いデッサンをもう少し。