小石のドローイングを毎日描いている。
高麗川で水中から取り上げた小石。何でも無いただの小石、僕が拾い上げる事で小石は小石として認識される。その水中に在っても小石としては「非在」の物体。そこに在ってもそれだけでは小石とは成り得ない。その関係は小石からの「僕」も同様で、在るが無い関係。
そんな小石を描いているが、描き出された小石は何処から見ても小石には見えない。鉛筆とクレパスの動く軌跡が在るが、小石である必然は無い。
非在の状況が意味をなし、その非在を描く動いた軌跡が僕なのだ。
高麗川で水中から取り上げた小石。何でも無いただの小石、僕が拾い上げる事で小石は小石として認識される。その水中に在っても小石としては「非在」の物体。そこに在ってもそれだけでは小石とは成り得ない。その関係は小石からの「僕」も同様で、在るが無い関係。
そんな小石を描いているが、描き出された小石は何処から見ても小石には見えない。鉛筆とクレパスの動く軌跡が在るが、小石である必然は無い。
非在の状況が意味をなし、その非在を描く動いた軌跡が僕なのだ。