el sanatorio OZSluces    la receta -regalo- -49ページ目

なぜ生きる

なぜ生きる(本文より)



なぜ生きるかがわかれば、ひとは苦悩すら探し求める


生きる目的がハッキリすれば、勉強も仕事も健康管理もこのためだ、とすべての行為が意味を持ち、心から充実した人生になるでしょう。 病気がつらくても、人間関係に落ち込んでも、競争に敗れても、


「大目的を果たすため、乗り越えなければ!」



と"生きる力"が湧いてくるのです。


ニ―チェは「道徳の系譜」に、なぜ生きるかがわかれば、「人間は苦悩を欲し、苦悩を探し求めさえする」と書いています。 方向さえ正しければ、速く走るほど早く目的地に着きますから、損をする苦労は一つもありません。 人生の目的成就のためならば、時間、体力、お金をどれだけ使っても、百パーセントそれらは生かされます。 使い捨てにはならないのです。


人生に苦しみの波は絶えませんが、生きる目的を知った人の苦労は、必ず報われる苦労です。人生は素晴らしい、と言う人もいれば、何をやってもむなしい、と言う人もいます。



真の「人生の目的」を知るか、否かの違いでしょう。

大人の為のお勉強

素晴らしい人生をおくるために


#3 真剣勝負で生きる


私は、競馬、競輪の類いは一切しません。 人生という長丁場の舞台で、生きている毎日、いや瞬間瞬間が真剣勝負だと思っていますから、ギャンブルで勝った負けたには興味がないのです。

そして、自ら望んで人生を賭けた大勝負をしていますから、仕事が楽しくて仕方がないのです。 もし、やらされている仕事だったら、毎日がしんどくてたまらず、他に楽しみを求めたことでしょう。

私は、まじめくさった聖人君子になれ、と皆さんに言うつもりはありません。 また、遊びをするからだめな人間だと思うような、けちな料簡は持ち合わせていないつもりです。

遊んでも一向に構いません。 自分の人生にプラスになる遊びならいいのです。 しかし、現実にはそれは難しいことです。 また、いくら遊びと仕事を両立させているといっても、二またかけて立派な仕事ができるほど、人生や仕事は、簡単でも、甘いものでもありません。

自分から仕事をする楽しみを見いだしていかなければ、遊びにおぼれて人生の目的を見失ってしまう、ということだけは忘れてはなりません。











いま、この国には、どれだけ人生を真剣に生きている人がいるだろうか。

権力、地位、人の上に立つ人がどれだけ胸を張れる人生を歩んでいるだろうか。

人格のない者は去れ。


日本という一つの国が滅んでしまう。


一億を越える国民を難民にする気なのか。


もう滅び始めている。


いまならまだ間に合うだろう。







2007/07/04

今日は梨の日だとか!

他にもいろいろあるみたいです。

これって、


こじつけ?



何でも乗っかれば良いというものではない


そこに愛はあるのか!










まぁ、こんな事はどうでもよい。


今日は何かおかしい。


何をしても事がうまく運ばない!



ん~。まずいなぁ~。


立て直さないといけない。







どうする、自分?








あかん!
今日はフェイドアウト。