「保育園落ちた、日本死ね」

この文章を見た時に、気持ちが少しザワついた。


今までに何回かブログにも書いた

K-POPファンの会社の同僚の一人が

この春に管理職に昇格した。

忙しさの倍増した彼女は、時々口にする。

「××、本当にむかつく、死ねっ」


言っている本人より

聞いているこちらを疲弊させる言葉。


10年前、初めて同じ部署になった時、

地方から異動してきた5歳上の彼女は、

仕事の出来る、目標とすべき先輩だった。


先日彼女からもらった、

ソウル土産のパックを使いながらふと思う。


彼女がK-POPにハマりだした頃に

もっと色々話をしてみれば、何か少し違っていたのかな・・・

こんなに韓国と日本を行き来する人にならなかったのかな。


いや、多分変わらないのだろう。

音楽や、芸術や、思想は人それぞれなんだから。

私が重なるハーモニーを好む様に、

彼女は、

「K-POPのリズム感が好き」なんだろうし、

「韓国の情熱的な感覚が心地よい」のだから。


件の「日本死ね」と書いたお母さんは

待機児童のほぼいない、熊本在住の20代女性、だそうだ。

旦那さんは専業主夫、

お子さんを連れて、1月には新宿で

安保関連法に反対するママの会のメンバーとして演説もしている。

こう言うのって、善意の一市民なのかな・・

裏に透けて見える偏った思想、

なんでマスコミは報道しないのかな・・・


待機児童の問題は、確かに身近で

特に首都圏の若い世代には切実な問題だと思うけれど、

(会社の同僚も、保育園に預けられず、

すったもんだの末3月に退社した)

日本が抱えている沢山の問題の中で

ここまでマスコミが飛びつくことだろうか、とも思う。


「死ね」と言う感情的な言葉を口にする、と言うのは

私の育った世界では存在しない習慣だ。


何故、真っ当な日本語を使えないのだろう。

そういう出自なのか、

先輩の様に知らず知らずのうち

「情熱的な感覚」が心地良くなってくるのか、



色々と考えだすと

気持ちが重くなったりもするけれど、



自分で考え、自分で選択する。

その積み重ねが、日常を作り上げ、

仕事を、会社を、人間関係を、

大きく言えば日本を作っていくんだろう。