2011年、3月11日はよく晴れていた。

あの日、私は、いつもどおりの一日がまた始まっただけだと思っていた。

突然の大きな揺らぎ。

TVではその凄さを地図と数字で示すものの、なかなかリアルな映像が写し出されないでいた。

にも関わらず、皆、揺らぎの中で、その映像から目を離すことができないでいた。

そして、ようやく写し出された惨状に、私は胸を捕まれていた。

都内では交通網が崩壊。
ホテルやネットカフェには人が溢れ、ほとんどの人が家路を歩いて帰宅した。

スーパーやコンビニはすぐに品薄となり、早い時間帯に店終いをしていた。

あの日、あの時。

きっと誰もが気付いていた。

いつも当たり前に使っていた電車の有り難み。

いつも当たり前に買い物をしていたスーパーやコンビニの有り難み。

毎日スイッチを入れるだけで得られていた電力の有り難み。

そして毎日時々当たり前に訪れていた陽の有り難み。

地震に嘆き、原発に憤り、その後各地でにわかに騒がれた東北蔑視に呆れ返った。

3月11日。

毎年訪れるこの日を、私は、年に一度、原点回帰する日にしようと思っている。

大事なものはなんだったのか。

しっかりと見つめ直す。

そんな一日が、また今年もやってきた。

…もう一度考えてみよう。
自分にとって、大事なものを。