森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記 -15ページ目

森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記

もともと運動に縁のなかった私が突然マラソンに目覚めて様々な大会に出ることになりました。その記録をブログにします。

2019年2月16日朝、岩本氏から突然メッセージが入りました。

直接の面識はなかったのですが、以前スパルタスロンを完走したときに「岩本さんの本のお陰で完走できました」とメッセージさせていただいたことがありました。

 

岩本氏「Badwater135通りましたね!もし協力できることがあれば言ってください」

 

とのこと。レースにエントリーできた場合、レースクルーの手配がとても大変だと思っていたので、お願いすることにしました。

岩本氏の奥様や、チームのメンバーも誘っていただいたようで、とても助かりました。

 

今回のレースは多くの人に助けられてのレースになるので、トレーニングを頑張ることができました。

ANAのマイル修行もかねての石垣島ランニングや、

 

小山から水戸までの70キロラン。

仕事が終わってから朝まで走り続けて、始発の電車で帰りました。

 

次は、小山から前橋駅までの両毛線沿いランニング。75キロありました。

これも始発で小山駅まで。小山駅に着くころには、通学の人でラッシュでした。

群馬県の名物、ペヤングやきそばの看板がありました。

 

第3弾は那須塩原から小山まで。新幹線で二駅です。

寂しい道が多かったですが、宇都宮から先は明るかったです。

MANIは眼科の手術用ナイフを作っている栃木県のメーカーです。

第4弾は小山から東京。79キロありました。

このタイムだったら、100キロのレースで10時間切り(サブ10)出来るかな。

大分走力があがってきた感じがしました。

なんと上野には24時間営業の焼き肉屋があるということで、ゴール後に一人焼肉パーティーをしました。

 

その5へ

 

 

 

 

このレースに参加するためには、選考を通らなくてはなりません。

そのため、過去にどのレースを何位、何時間何分で走ったかを書く必要があります。

 

私はUTMB(モンブランを走る170キロの山岳レース)と、スパルタスロン(ギリシャで走る246キロのレース)で完走しており、これが資格レースの一覧に掲載されておりました。

 

私のレース履歴書。沢山走ったなぁ(笑)

レースのエントリーには英作文が必須です。結構色々書かされました。グーグル翻訳に助けられながらも、4時間かけて作文を完成させました。自分がなぜバッドウォーターに参加するのか、•参加することで何を成し遂げたいのかという質問や、自分はいい人なのか?という変な質問もありました。自分はあまり良い人ではないかもしれないとかいろいろ考えてしまいましたが、アメリカは自己アピールが必要な国だと思い、80%良い人だと書きました。

 

その4へ

 

 

 

 

 

バッドウォーターウルトラマラソンは結構歴史のあるレースです。

 

•1973年 Paxton BealeとKen Crutchlowがバッドウォーターからホイットニー山頂(4450m)まで240キロリレーした

•1977年 Al Arnoldが同コースを単独で完走(84時間)

•1989年 Tom CrawfordとRichard Benyoがバッドウォーターダブル(バッドウォーターからホイットニー山の往復)を完走(126時間と170時間)

•1990年 危ないのでホイットニー登山口がゴールになった

•2005年 スコットジュレクが新記録 24時間36分08秒

•2019年 石川佳彦が新記録 21時間33分01秒(私の走った年)

 

変態の集まるレースということですね。

今でこそ国立公園になって道路がとても綺麗ですが、昔は違ったようです。

 

 

色々検索していたら、ぱんつ一枚でバッドウォーターウルトラマラソンをしていた人の写真が出てきました。衝撃的!

 

ちなみに、私がこのレースに参加しようと思ったきっかけは岩本能史氏の本でした。

 

この本を手にした当初はフルマラソンを走るのもやっとで、こんな過酷なレースに自分が参加するなんて考えてもいませんでした。

しかし、2017年に走ったスパルタスロンは最後へばりながらも、なんとか完走(35時間39分21秒)してから、このレースへの参加を考えるようになりました。

 

その3へ

 

 

 

今回は2019年7月に参加したバッドウォーターウルトラマラソンのお話です。

以前参加したレース完走記をブログでまとめようと思いました。

 

Badwater135(バッドウォーターウルトラマラソン)は世界最高気温56.7℃(2012年)を記録した、デスバレーがスタート地点。

岩本能史氏が参加したことで有名になったレースです。アメリカでもっとも低い地点標高マイナス85メートルから、最も高い地点である、ホイットニー山、標高4450メートルの登山口、標高2530メートルを結ぶ217kmを走るレースです。

 

 

上の地図で赤矢印の場所がバッドウォーターの舞台であるデスバレーです。ラスベガスの近くにあります。

デスバレーでは、南北に延びる山脈が平行にいくつかあって、その間の土地の標高が低くなっています。

稀に豪雨が降ることああって、そのために川が流れたような跡があります。

 

レースのコースですが、地図の右下がスタート地点。そこから左側のホイットニー山登山口を目指します。

 

基本的に道路を走るレースですが、結構アップダウンが多いのが特徴です。左側がスタート地点、標高マイナス地帯です。途中で標高1500mの山を登って、1000m降りて、再度1000m登って、最後に1500m登ってゴールです。

 

その2へ

 

 

ワールドマラソンチャレンジのまとめ


この大会は、南極、アフリカ、オーストラリア、アジア、ヨーロッパ、南アメリカ、北アメリカの7大陸でそれぞれフルマラソンを7日、168時間以内で完走しようという大会です。合計で約295キロを走ることになります。

第一戦は本当は南極でしたが、悪天候のために開催が1日延期したうえで、ケープタウンに変更なりました。風が強めでしたが、気候が良くて快適に走れました。まだこの時は今後のシビアさが分かりませんでした。

第二戦は南極。ケープタウンから5時間半のフライト。てっきり天候が回復したから南極に行けたのかと思ったらかなりの大荒れでした。視界が悪くて足先、指先が冷え切ってシビアなレースでした。てっきり2、3割は脱落するかと思いきや、リタイヤは殆どいませんでした。参加者の本気さを感じました。

第三戦はパース。フライトが長かったこともあって体がよく回復していました。気温もちょうど良くて快適に走れました。

第四戦はドバイ。夜間でしたがやや暑めでバテている人がいました。レース間のインターバルが短くて、体力が消耗していることを感じました。

第五戦はマドリード。ドバイから近くてあっという間に着きました。つまり殆ど疲れが取れていません。涼しくて走りやすかったですが、かなりペースが落ちてしまいました。

第六戦はフォルトレザ。過酷でした。気温35度、疲労マックスで体が良く動きませんでした。往復コースで他の参加者が頑張っているのをみるととても励みになりました。

第七戦はマイアミ。飛行機の時間が短めということもあって、全然休めませんでした。日の出前ということもあって、なんとか暑くなる前にゴールできました。タイムはダメダメでしたが、全てのレースで頑張れたと思いました。

飛行機ではグッスリ寝ることは出来ず、途中食事も挟むので1時間の睡眠を二回くらい取る感じでした。大会スタッフも参加者もみんなで目標に向かって頑張っていました。
私はレースが終わってから最終ランナーがゴールするまでの間、約2時間くらい自由時間を持てました。しかし、毎回6時間ほどかかる人はその分ゆっくりする間もなくて大変だったと思います。

本大会参加者でなんとなく自分の感じた傾向です

若くて仕事バリバリのサラリーマン
GAFAなどの巨大企業で働いてそうな人。中国人でアメリカで働いているチェンや、日本語ペラペラでミシュランのお寿司屋さんに詳しいオリビアは多分こんな感じだと思います。

会社の重役、経営者っぽい年配の方
本大会ではこのグループの人ばかりかと思ったらあまりそうではありませんでした。多分4、5人くらいかな。レース自体がシビアだからだと思います。

ユーチューバー的な人
寄付を集めてきた人がいました。寄付で参加したのに大半歩きで良いのかな、とか思いました。マラソン初心者がホノルルマラソンしているようなイメージ。確かにマラソン初心者がこの大会で完走したら凄そう。

プロランナー
クリスティーヌが印象的でした。彼女は本レースでとにかく強かった。自分の会社を作って従業員が何人かいるらしい。ヨーロッパではプロランナーがこれだけ事業として成功出来るのかと思いました。

眼科医
日本、セブ島の眼科医がいました。セブ島の人は本大会用オリジナルTシャツを作っていました。自分も以前UTMB参加にあたってオリジナルTシャツ作ったので、何か近いものを感じました。

皆さん素晴らしい人ばかりでした。年齢層で私位の人が多かったのも印象的でした。もっと英語がスムーズに出来たら、もっと深く交流できたのに。英語がうまくない割には頑張ってお話ししました。

帰国して体重測ったら5キロほど増えていました。恐らく大部分は浮腫だと思います。帰国した晩は夜中5回も起きてトイレに行きました。毎日フルマラソンを必死に走るのは私にとってはオーバートレーニングだったようです。あと、睡眠リズムが崩れているせいか、睡眠が浅くなっていました。マラソンしすぎも体に悪いですね。

今回のレースでなかなか出来ない貴重な体験ができました。レースで極限状態にさらされると、なんとかゴールに向かおうと必死になります。そうすると、自分が生きているのを強く実感できて、ゴール後の達成感にもつながりました。