5月13日、東京地裁民事第19部(青野洋士裁判長)は、世田谷区立小学校教員である大嶽さんへの不当な業績評価を争う裁判で、昇給延伸を容認した人事委員会の判定の取消しと違法な評価による損害賠償(昇給延伸による損審と慰謝料)を命じる判決を下しました。
 業績評価制度のデタラメさを満天下に明らかし、人事考課制度廃止への一歩を切り開く画期的な勝利です。

 この事件が起きたのは、業績評価が賃金と結び付けられ、C・D評価は昇給延伸とする制度が導入された2004年度のことです。
 同年度限りで廃園となった三浦半島健康学園に勤務していた大嶽さんは、2005年の5月、異動先の校長からをC評価を通告され、3か月の昇給延伸となり「指導育成」と称する3回の面談を強要されました。
 C評価の理由として告げられたことは、まったくの言い掛かりや身に覚えのないことばかりでした。大嶽さんは、苦情相談を申立てましたが却下され、人事委員会に昇給延伸の取消しを求める措置要求を行いましたが、3年間待たされたあげく棄却されました
 そこで、人事委員会の判定の取消しと違法な評価による損害賠償を都教委・区教委に求めて提訴したのがこの裁判です。


 「これは、自分だけの問題ではない、教職員全体の問題だ」という原告の思いから、私たちは、本人への評価の不当性を争うだけでなく、人事考課―業績評価制度そのものを撃つ闘いとしてこの裁判を位置付けてきました。人事考課制度は、教育への不当な支配として違憲違法であると主張し、絶対評価といいつつ校長に相対評価を強制している運用の違法性を指摘してきました。
 判決では、制度自体が違憲違法であるとの主張は退けられたものの、校長や区教委には人事考課規則や業績評価実施要領に定められた「公正評価義務」があるとして、各評価項目(※1)ごとに評価の根拠とされた事実を一つひとつ詳細に検討しています。
 その結論として、教頭の第1次評価、校長の第2次評価(※2)での項目別評価と総合評価のC評価をことごとく「事実に基づかない又は誤認した事実に基づくもの」と断定しました。そして「公正評価義務違反」は裁量権濫用の違法として、校長・教頭の過失による損害賠償責任を認めたのです。

 区教委は、最終準備書面で、業績評価や昇給延伸は、懲戒処分や分限処分とは異なって「評価権者としての区教委の裁量判断の余地は広く認められる」との主張を前面に押し出し、業績評価への裁判所の立ち入った判断を牽制していました。
 しかし、「勤務成績に基づく昇給」では、「最上位」の6号給に対して「標準」で4号給、D評価を受ければ3号給です。戒告・減給処分を受ければマイナス2号給、停職処分ならマイナス3号給とされているのと同等の不利益を受けるのです。
 少なくとも、懲戒処分の取消請求と同等の密度で、厳格な裁量審査を行うことは当然です。
 判決は、業績評価実施要領に「留意事項」として定められている評価ルールを単なる内部規範ではなく評価者に「公正評価義務」を課しているものと位置付け、校長・区教委が評価の根拠とした事実を一つひとつ丁重に審査し、違法判断を導き出しました。公務員の業績評価の司法審査の方法として先駆的であることはもちろん、懲戒処分の裁量統制にも生かされるべきものです。

 さらに、判決が、昇給延伸の取消しを求める措置要求に対して、人事委員会が、関係者の意見聴取や資料の提出など事実関係を正確に把握しようともせずに棄却の判定を下したことは違法と断定し、判定の取消しを命じた点も画期的です。
 違法とまでは言えなくとも不当と判断すれば処分を修正するのが人事委員会の本来の役割です。行政の処分を追認するだけの機関に成り下がっている東京都人事委員会に対する重大な警告といえます。
 ※1「学習指導」「生活・進路指導」「学校運営」「特別活動その他」の4項目
 ※2本件当時は、教頭が第1次評価者、校長が第2次評価者でした。現在は、校長に一本化されています。

 教員に対する人事考課―業績評価制度は、東京発で全国に広がり、賃金・一時金への反映が進んでいる最中です。
 自己申告書の提出義務がないことの確認を求める大阪の「新勤評反対訴訟」をはじめ、制度の違憲違法性を問う裁判、個別の評価の不当性を争う裁判が闘われていますが、勝訴したのは今回が初めてのことです。
 大嶽さんの業績評価裁判は、個別の評価の違法不当性を争う裁判ではありますが、恣意的評価を生み出す制度のデタラメさを満天下に暴きました。
 評価要素(※3)別の評価を明らかにしない「本人開示」も、恣意的評価を覆い隠す煙幕でしかありません。
 違法不当な評価が、苦情相談や人事委員会によってはなんら正されず、裁判に訴えて初めて決着がつけられたということも、第三者機関による不服審査システムを具備していない、業績評価制度の専断的性格をあらためて突き出しています

 大嶽さんは、日頃はなんの指導や注意も受けていない言動を、業績評価をつける段になってマイナス材料としてあげつらわれてC評価とされました。「資質向上」どころか、「評価のための評価」に堕しているのが、人事考課制度の実態です。
 それというのも、校長は、区教委から配分率を示され「分布率適用資料」という名の相対評価を提出させられているからです。
 大嶽さんのC評価も、玉川小と健康学園と合わせて1人は人身御供を差し出すことを校長が迫られたからでした。
 業績評価実施要領には、「総合評価の結果に合わせるように事実とは無関係に各要素を評価する、いわゆる逆算評価は行わないようにする」と書かれています。
 しかし、校長が総合評価で事実上の相対評価を強制されている限り、言い掛かり的な不当評価があとをたたないのは、理の当然です。
 この問題について、判決では、「校長が分布率適用資料を作成することは相対評価ではない」と逃げをうっています。しかし、判決が「事実に基づかない又は誤認した事実に基づくもの」と断定せざるをえなかった違法な評価は、制度自体の根本的問題性から生み出されたものです。
 裁判で暴かれた業績評価のデタラメさを全都の職場で宣伝し、制度の根本的問題性を都教委に突き付け、人事考課制度廃止!の声をあらためてまきおこしていこうではありませんか。
 ※3「能力」「情意」「実績」の3要素

 勝利判決にいたる裁判の道のりをごく簡単に振り返っておきたいと思います。
 被告が当初、C評価の理由としてあげてきたのは、健康学園の跡地利用について保護者が区に陳情する際に同行したことや、母校である玉川小の周年式典を手伝いにいった時に体操着を着ていたなど、「職務実績記録」に記載された行動でした。
 ところが、これらは、いずれも勤務時間外の出来事であり、マイナス評価の対象にはできないはずだと追及するや、区教委は、C評価の理由は他にもあると言い逃れを始めました。
 校長・教頭の陳述書で、これまでまったく主張してこなかった大嶽さんの「問題点」をあげっらってC評価を正当化しようとすることで、逆に墓穴を掘りました。勝利の決め手になったのが、校長・教頭尋問です。

 高橋弁護士は、本人開示では明らかにされない、評価要素ごとの評価を、評価項目ごとに明らかにさせることに始まり、評価の材料とした事実を一つ一つ問い質していきました。
 その結果、評価者が自ら定めた「評価ルール」を完全に逸脱した評価を行ったことが言い逃れできない形で明らかとなりました。
 職務外の行動をマイナス評価の材料としていたり、学習指導の項目でとりあげるべき「自立活動」を特別活動等でとりあげていたり、同一の行動を生活・進路指導と学校運営の両方でマイナス評価の材料にしたり…。
 これらは、業績評価実施要領や評価者訓練テキストに明白に違反しています。
 裁判官も「校外授業を非難するならなぜ教室での授業を観察しようとしなかったのか」「本人に確認もしないまま一方の当事者からの伝聞だけでマイナスの評価材料にしていいのか」など異例の追及調の質問を行い、教頭が何度も非を認める場面がありました。裁判長の質問に、「指導していれば評価は変っていた可能性は十分ある」と認めざるを得なかったのです。
 大嶽さんは、最終意見陳述で「教育を抹殺させてはいけない」と訴えました。校長の学校経営方針に基づく目標を設定させ、校長への忠誠度を評価する人事考課―業績評価制度は、「私の学校運営方針に反対する職員は“抹殺”します」と平然と言い放つ管理職を生み出してしまったのです。

 人事考課―業績評価制度との闘いは、教員の管理統制―教育の権力支配との闘いです。
 貧困と格差を拡大する競争と選別の教育、10・23通達や「つくる会」教科書に示される愛国心や戦争賛美の教育を許すわけにはいきません。
 業績評価―査定昇給は、民間の成果主義賃金を公務職場に持ち込んできたものでもあります。成果主義が、長時間過密労働の温床となり、過労死・過労自殺を激増させてきたことは周知の事実です。
 業績評価も、教職員を分断して協働を破壊し、学校現場の多忙化や精神性疾患を激増させる元凶となっています。社会保険庁や公立病院などで公務員が大量に分限免職される時代に、業績評価が首切りの選別基準となることも明らかです。
 業績評価との闘いは、教育運動であるだけでなく、労働者の生命と権利をめぐる普遍的な課題です。

 岬の会の運動に、教職員組合はもちろん、三浦健康学園での大嶽さんの教え子や保護者、区の職員、ユニオンの組合員など、さまざまな人々が集まり、裁判闘争を支援して下さったことは、そのことを証明していると思います。
 不当なD評価を受けた若い教員がこの裁判のことを知って組合に加入するなど、団結が広がったことがなによりもの闘いの成果です。私たちは、今回の勝利判決を武器に、人事考課制度廃止にむけて運動をさらに広げていく所存です。
 とりわけ、現場教員の皆さんに訴えます。
 不当な評価に泣き寝入りせず、職場の怒りを結集して闘いましょう。業績評価裁判は、職場の闘いにもヒントを与えてくれています。本人開示を請求し、開示面談の場を「法廷」と化して、評価の根拠を一つひとつ問い質していけば、必ずポロが出るはずです。みんなで開示面談を鯖求すれば、校長はパンクし、制度の崩壊が始まります。人事考課制度廃止の日まで、ともに闘いましょう。

 2010年5月15日
 岬の会(業績評価裁判を支援する会)


< 追 記 >

世田谷区は5月26日(都総務局法務部も同日、都人事委員会は27日)、不当にも控訴した