今、日本の原発事故が世界的に話題になっている。

それに、事故によって?日本が原発大国であることが


世界的に知られることになった。世界で唯一の被爆国であるが

核の平和利用との名目で原発がやたらある極東の島国。


原発があると言うことは、燃料の濃縮ウランも当然ある。

そして、原発の運転に使用したウラン燃料からの副産物


プルトニウムも結構ある。


さらに、日本のロケット技術も結構イイ線行っている。

H-2A、H-2Bそれにイプシロン。


静止軌道への衛星投入、月へ探査機投入、ISSへの物資

補給機。小惑星探査機の大気圏再突入からのサンプル回収。


どこかの国々ではやろうとしても、出来ていない技術を

日本は既に持っている。


そこへ来て、先日のイプシロン試作機の成功。


液体燃料、固体燃料、機体制御、衛星制御。

どれをとっても、どこかの国の数十歩先を行っている。


日本では、原子炉もロケットも平和利用って事になってるが、

海外の見方はどうであろう?


ウラン、プルトニウム、ロケットの技術。


イプシロン試験機の成功は日本の安全保障に

プラスに働いているに違いない。


ま~

私が生きているうちに、原子力技術とロケット技術、その他の

日本の技術を統合して、そんな物作ることはないだろうが・・・






この頃、入ってくる情報に振り回されている感じがしている。


昔の情報入手方法は新聞やテレビ・ラジオのニュースくらいで、


わからないことは、書店で本を見つけたり、図書館で本を探して


読んだりするしかなかった。


今では、わからないことはパソコンやスマホでいつでも検索出来る。


テレビも多チャンネル化して、好きな番組が見られるし、


見逃した番組もたいがいアーカイブで見られる。


ただ、情報が多いだけに、情報を見分ける能力を磨かないと、


とんだ勘違いをしてしまう可能性が多い。


放送にしても新聞にしても、取材して記事にする「記者」と


言われる人が存在する。


彼らの能力を全否定はしないが、間に人が介在する事を


念頭に、「情報を疑う」事が必要になるのではないか?と思う。


日本は報道の表現は自由なはずだが、報道機関が自主規制?


とでも言うのか、新聞社も放送局も、大きな会社の報道・論調は


ほぼ同じ、同じであるが故、それが真実、それが全てと思ってしまう


傾向があるのではないだろうか、報道機関による世論誘導?


とも思える。


情報過多の時代、情報を疑い、情報を見分ける能力を磨かねばならない


と、思っている。

「もの」とは


  {決まり、運命、動かしがたい事実}



「あはれ」は


  {共感の眼差しで対象を見るときの人間の思い}


  だそうだ。



その思いの底には悲しさや哀憐がある。


だから


もののあはれは


人の力ではどうすることもできないことの悲哀や感慨、


あるいは情趣をいうらしい。




昨今、花火を見る若者が


「やばい」を連呼していた。


感動詞あはれの、


これが現代版であろう。







天声人語より