数々の名言を残した故・野村克也監督。その中で、これは受験でも本当にそうだなあと思った言葉が、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」です。とくに監督の素晴らしい判断とか選手の目覚ましいプレーとかがあった訳ではないのに、幸運が重なったり、敵が自滅したりして、なぜか勝ててしまうということがある。でも負けてしまう時には、必ずどこかに敗因がある。大事なのは勝ったこと自体を喜ぶことではなく、負けた時にしっかり敗因を分析して、次に同じことをしないように教訓を活かすことだ、と野村監督は考えていたのだと思います。
これは受験勉強における日々のテストや模試でも一緒です。特に模試では、さっぱりわからなくて当てずっぽうで書いた答えが偶然あっていたり、答えそのものはあっているけど子供がそれを選んだ理由を聞いてみると全くとんちんかんな理由であったりすることがよくあります。当てずっぽうでも時間内にとりあえず解答用紙を埋めるという作戦は、本番の試験において得点可能性を最大化するためには必要なことですから、模試においてそれをする癖をつけるのは決して悪いことでないと思います。ただ、模試の結果にはそういう「不思議の得点」で上振れしている部分があるかもしれないので、模試の結果が良かったからといって決してぬか喜びはできません。
模試等の後の自己採点・振り返りというと、間違ってしまったところに関心が集中しがちですが、私は、正解できたところでも、やるべきことがあると思っています。具体的には、正解できたところでは、その答えに辿り着く思考の道筋が適切なものであったかどうかを確認することがとても重要だと思っています。
特に選択問題は、選択肢の正誤を判断する際、どこに着目して正誤を判断するかが難しい場合があります。その場合、各選択肢の正誤判定の前提となる事実を正しく認識できていたか、正しい論理で正答を選択できていたかを確認するのが大事です。そのためには、正解できた問題についても、模試の自己採点の際、「答えが合っている」というだけで安心して次の問題の確認に行くのではなく、なぜそれが正解なのかの解説をきちんと読んで自分の思考が正しかったかを確認することが必要ではないかと思います。子供一人でそれができるようなら一番良いですが、もしできていなさそうなら、最初の方は親が模試や組分けテストなどの後で、一緒に確認するとその習慣が定着して良いかもしれません。親が解説を手にして、まずなぜその答えを選んだかを子供に説明させて、解説文と比較してその説明が適切かどうかを親が確認すると良いのかなと思います。
模試などの後の確認作業で、「不思議の得点」をあぶり出し、そこでおかしていた間違いをきちんと修正しておき、次に同じような問題が出てきた時には「必然の得点」に変えていくこと。これが様々なテストや模試の後に求められていることの一つなのではないかと思います。