人の記憶って不思議。
時系列を順番に辿らなくてもポンとおもいだせる。結局、今おもいだしている…常に。どんな古いことであっても。
それが他の人の思い出した記憶と重なり共有することだって可能なんだ。
ふしぎ。二人で今、記憶を共有している。
ちょっと前に自転車に乗ったある男の人を見たことを思い出した。一見して競輪選手のような出で立ちだったので、練習でもしてるかと思った。
でも彼の自転車には私に印象深いものを与える…記憶の「カギ」があった。別に自転車のキーではない。
自転車の後ろには雨風で消えかかった文字、福岡→宮城という風に書いてあった。本州の半分以上を自転車でやってきて、これからも進む。そういう志だろう。私は彼を富士のとある道で見つけたのだが、声をかけられなかった。
一瞬で彼の前を通りすぎた、これまでの苦労、疲労と宮城までの道筋を感じさせる自転車のペダルの繰り出しに熱いものを感じた。
今どうしてるだろうか。
彼を見た人でも、少なくとも、あのかすれた文字を目にした人には彼のイメージが焼き付いているだろうし、私も然り。
そして彼自身も長い道を進んできた断片の一つ一つを私たちと共有しているのだなと今思っている。
だから記憶の共有などは友人でなくても、ちょうど話してる相手でなくても、知らない人であったっしても可能である、共有している。そう思う。
時系列を順番に辿らなくてもポンとおもいだせる。結局、今おもいだしている…常に。どんな古いことであっても。
それが他の人の思い出した記憶と重なり共有することだって可能なんだ。
ふしぎ。二人で今、記憶を共有している。
ちょっと前に自転車に乗ったある男の人を見たことを思い出した。一見して競輪選手のような出で立ちだったので、練習でもしてるかと思った。
でも彼の自転車には私に印象深いものを与える…記憶の「カギ」があった。別に自転車のキーではない。
自転車の後ろには雨風で消えかかった文字、福岡→宮城という風に書いてあった。本州の半分以上を自転車でやってきて、これからも進む。そういう志だろう。私は彼を富士のとある道で見つけたのだが、声をかけられなかった。
一瞬で彼の前を通りすぎた、これまでの苦労、疲労と宮城までの道筋を感じさせる自転車のペダルの繰り出しに熱いものを感じた。
今どうしてるだろうか。
彼を見た人でも、少なくとも、あのかすれた文字を目にした人には彼のイメージが焼き付いているだろうし、私も然り。
そして彼自身も長い道を進んできた断片の一つ一つを私たちと共有しているのだなと今思っている。
だから記憶の共有などは友人でなくても、ちょうど話してる相手でなくても、知らない人であったっしても可能である、共有している。そう思う。
えごい…という言葉があったそうだ。今で言う、えぐい。さすがに英語のエゴとは意味はちがうけど。 エゴのおかげで苦い人生だったなら似たようなことかも。
