このブログへたどり着いた人へ

ー身上の都合により、2017年7月末日を以て、NR科技大学應用日語系副教授の職を辞しました。妻子は8月に帰国し、子供らは9月から日本の小・中学校へそれぞれ通っております。私自身もすでに台湾を離れています。

思い返せば、来台は2007年8月、35才の夏でした。それからちょうど節目となる10年後の今年、45才の夏に離台する事となりました。

在台日本人日本語教員として先に赴任なさっていた先輩方、わけても日本語ディベート関係者の方々に措かれましては、 台湾の大学事情や日本語教学のノウハウを惜しみなくご教示くださり、ありがとうございました。御陰様で、未経験者ながら日本語教師として職務を全うしてこれました。

またX主任をはじめとするNRの先生方、そして今は亡きXLら職員の方々。その公私に渡るご支援により、この10年間、家族とともに異国の地で恙無く過ごすことができました。そしてTN県の良き隣人たち。その厚意なくして、二人の幼児、特に知的障碍を持つ息子を異郷で療育する事など叶わなかったでしょう。この場を借りて、深く御礼申しあげます。

来台時に2才だった息子も、今月で12才、来年には中学校にあがります。これまで台湾にて療育支援を受けて参りましたが、台湾政府には元来外人である息子の面倒を見る義務はありません。したがって彼が将来、つまり私たち夫婦の死後、日本の支援施設のお世話になるしかないことを考慮した場合、そろそろ日本で訓練を始めねばならない時期に差し掛かっておりました。

また娘の教育問題もあります。彼女はこの6月に台湾の小学校を卒業しましたが、日本で暮らしていたならこの4月に中学に入学していました。もし先で日本の高等教育を受けさせるなら、まだー学期遅れですむこの夏に帰国させるのがベターでしょう。(部活や運動会、文化祭といった、台湾では望めない、日本ならではの学園生活を娘に体験させておきたいという希望もあります。)

そうした事情を鑑み、台湾を引き上げるという決断に相成りました。

台湾に深い感謝を。
日本でほぼ息絶えかけていた名ばかり研究者の私に、専任大学教員という身分を与え、10年間にわたって高額の給料を払い続けてくれました。この10年間という時間を与えてくれたおかげで、論文も再び書けるようになり、中国語もある程度身に付き、中国哲学科への移籍も叶いました。御恩は、けして忘れません。

そして日本で高学歴ワーキングプアとして苦しみもがいている若手研究者の人が、このブログを通じて、「台湾という選択肢もありかな」と思ってくれれば、幸いです。