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子どもたちの不登校・ひきこもりが心の自由を教えてくれた

出来事が苦しみの元ではなく
「苦しみ」は、そのことはよくないことだと信じる信念による
エネルギーの収縮感覚です
出来事そのものには、何の問題もありません

子どもが学校へ行かないとか

他のみんなと違うというような時

『この子はどこかおかしいんじゃないのか?』

と思う方多いかもしれません

 

私もそうでした

 

生命活動がベースだという感覚からすると

どうして学校に行かなくちゃいけないのか?

どうしてそれは悪いことなのか?

わからなかったりします

 

考えてわからないというわからないのではなくて

心底、あたりまえにわからないという感覚です

 

『命』には

ルールとか教えも関係ないのですが

 

『思考』をあたりまえに信じる思い込み信念世界では

ルールや教えがあたりまえとなっています

 

『命』からはルールや教えがわからないし

『思い込み信念』からはわからないことがわかりません

 

今までのカウンセリング経験からすると

この感覚が親子のギャップになっているケースが

多いように感じます

 

『感覚』は変えられません

そこを無理に理解しようとか合わせようとすることが

しんどさの中でぐるぐるすることを生じさせているように感じます

 

私自身もそうでした

理解しなくては

受容しなくては

と懸命だったように思います

 

お互いに「わからないものはわからない」という理解の元

接してみてはいかがでしょうか

 

「うちの子はおかしんじゃないか?」

「うちの子はどこか問題があるんじゃないか?」

と疑う前に

そもそも、ルールや教えって本当なのか?

と疑ってみては?^^

 

 

 

 

 

 

怒りは傷ついたことへの
反応エネルギーだよ

怒ってるんじゃなくて

傷ついたんだよね

傷ついてること
わかってあげてね

子どもたちが学校に行かなくなった当時は

「もう、人生が終わった!」くらいに感じて

不安で怖くて悲しくて

苦悩の日々でした

 

信念が解体することが起こってみると

それらはすべて

信念の反応であったことが明らかになり

 

そもそも誰かである前に「命」であることが思い出され

今もあたりまえにそうであるという感覚が生じます

 

学校に通わなくなったのは

長女は中学2年、次女は小学2年

三女は幼稚園からで

同時に3人が自宅で過ごしていたこともあります

 

その娘たちも成長し

長女はスペイン留学中

次女は自宅で過ごし

三女はカナダ留学中です

 

人生、何がどうなるかなんて

私たちにはわかりません

 

娘たちの話をすると

『留学??すごいねー!』

『自宅?お気の毒に・・・』

という反応がほとんどですが

 

「命」として何の違いもないし

それぞれが

「居たいように、居たい場所に居る」ことは

親にとって本当に幸せですし有難いことです

 

「やりたいことがあればやる」

というシンプルモットーです^^

 

「命」に肯定も否定もありえませんが

肯定や否定の思考エネルギーを

本当だと信じているのが一般的なようです