子どもが学校へ行かないとか
他のみんなと違うというような時
『この子はどこかおかしいんじゃないのか?』
と思う方多いかもしれません
私もそうでした
生命活動がベースだという感覚からすると
どうして学校に行かなくちゃいけないのか?
どうしてそれは悪いことなのか?
わからなかったりします
考えてわからないというわからないのではなくて
心底、あたりまえにわからないという感覚です
『命』には
ルールとか教えも関係ないのですが
『思考』をあたりまえに信じる思い込み信念世界では
ルールや教えがあたりまえとなっています
『命』からはルールや教えがわからないし
『思い込み信念』からはわからないことがわかりません
今までのカウンセリング経験からすると
この感覚が親子のギャップになっているケースが
多いように感じます
『感覚』は変えられません
そこを無理に理解しようとか合わせようとすることが
しんどさの中でぐるぐるすることを生じさせているように感じます
私自身もそうでした
理解しなくては
受容しなくては
と懸命だったように思います
お互いに「わからないものはわからない」という理解の元
接してみてはいかがでしょうか
「うちの子はおかしんじゃないか?」
「うちの子はどこか問題があるんじゃないか?」
と疑う前に
そもそも、ルールや教えって本当なのか?
と疑ってみては?^^