シニアヨギの日常
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こんなに間が空いちゃったらね

久しぶりの記事

 

こんなに間空けて書いてたら、そりゃ読んでもらえないな

ん?

 

目的なんだな?

 

ブロガーやインフルエンサー目指すなら

 

毎日、決まった時間にそれなりの内容が必要だし

 

自分のための日記だったら、全くのマイペースでいいし

 

やっぱり、せっかくならたくさんの人に届けたいし

 

コミュニティになればいいよな

 

ということで、頑張ってみる!!

 

 

秋らしくなってきた。秋と言えば

コロナが陰性になり、ようやく今日から仕事してみた。

ものすごく疲れます。

後遺症なのか、体力が戻ればげんきになるのか

焦ったいです。

 

そして、外に出て感じたこと

 

秋ですね🍁

 

秋と言えば、あれだと思います。

今日は

自分が好きな、凄いあれ!!

3曲ほど、アップしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

コロナになりました。

コロナになってしまった💦

 

もう、珍しいお話でもないと思うけど

これが、思いの外キツいのです。

5類になったからって、何も変わってない。

抗ウィルス剤、咳止め、解熱鎮痛剤を処方されたけど

まず、飲んでしばらくするとラリったようにフワフワして起きていられなくなる。

で、薬の効力が切れると熱と全身の痛みがやってくる。

 

特に、喉と腰と頭が!!

 

今日で4日目、かなり楽になりこうしてパソコンに向かえるようになりました。

それでも、薬の力を借りている感じが強い。

 

ただ、辛い反面明らかに全身デトックスにもなっており、また全ての予定を諦めて寝る。なんていうことはもう何年もやっていなかったので、この開き直った開放感。

頭の整理にもなりました。

 

そこで、ふと過去を振り返ってみたわけです。

 

ベースとの生活①

 

で登場したジャズ喫茶のマスター

今は御年78歳になるはずですが、

 

この方、36歳の時に突然お店を常連客に譲って単身ハワイに行ってしまった。

とても手先が器用な職人肌の方で、お店のカウンターや棚とかも自分で作ってしまったり、自作の模型をお客さんの何らかのお祝い事とかにプレゼントしたりしてました。

 

ハワイに日系3世のおじさんがいて、民芸雑貨の卸問屋を経営していたらしく、

なるほど、たまにお店に親戚だという恰幅のいい女性がきて、英語で会話していました。

 

マスターは、お店でお金貯めたら渡航し、このおじさんの会社を手伝うと決めていたらしく

突然現地の女性とお見合いをして、電撃で入籍を済ませハワイに飛び立ちました。

 

その後ですが、なぜか私もハワイに惹かれて行く。

 

マスターはといえば、向こうに行ってからはJAZZをほとんど聞かず、近所のお婆ちゃんにウクレレを教えたり

飲むコーヒーも、砂糖をドッサリ入れたスターバックスラテのグランデ!!

すっかりロコになってしまいました。

 

でもハワイに惹かれた私は🌈

 

マスターが創る。ハワイアン雑貨を日本で販売してみようと思い立ちました。

 

ただ、今思うと商才がないというか大きく羽ばたけないキャラなんだなあ俺(笑)

 

高校の時に組んでたバンドのメンバーのリーダーは、他校の生徒で(というか全員違う学校だった)、天才と言われてた。

で2ndギターの生徒は、どちらかというとその天才に憧れて、おまけのようにくっついているヤツだった。

 

でも、後々高校卒業してプロになったのはコイツだけだと思う。

 

彼(Eくんという)は、とにかく上手くならない。

運指を見ると、“これは上手くならないよなあ”って、

なんかギクシャクしてて、楽器を弾かない人でも見ればわかるような不器用な手つきだった。

 

卒業を間近にして、なんとなくバンドは消滅。

しかし卒業して数年してから、突然Eくんから電話が来た。

 

“バンドやらないか?”

 

俺としては

“はあ!?、お前と!?”

 

です。

で、何やってるのか聞いてみると

 

武者修行

 

だと答える。

具体的に何やってるのか?

卒業後、JAZZに目覚め奮起したらしく

 

夜な夜な、アンプとギターを持って、JAZZのライブハウスに行き

突然それをセッティングして飛び入りする!!

 

そうで

これが、本当に突然なら迷惑極まりない話で

通報ものでしょ

 

“時々追い出されて、出入り禁止って言われることもあるけどね”

って、

 

あたりめえだろ!!

 

 

もちろん、バンドは組まなかった。

 

でも、バカにした。

というより勇気が沸かなかった。

結果こいつはこの無謀な道場破りの末

音楽で暮らすようにはなったそう

 

俺には、この無謀さというか、突き抜けた純粋さがない。

 

本気でプロを意識したことがあったけど

 

俺は、何をしたかと言えば

(あの頃はもちろん、インターネットなんてなかった。)

教則本を買って、何度も録音したテープを聴いて、楽器に向き合って

無駄ではないけど、何も外に拡がらない時間を過ごした。

 

かたやEくんは、ジャズ理論だ、技術だ考える前に、現場に飛び込んで

冷や汗かきながら、現場で必要なことを見つけて体に染み込ませていく。

 

ただ純粋に、バカと言われても!!

 

先程の商才の話に戻すと

 

同じです。

 

俺は何をやったかというと

職人気質の、マスターとの言語を合わせようと

 

靴職人の世界に身を投じる。

 

その繋がりで運よく巡り会えた、ハワイアンのグラフィックデザイナーのイベントのお手伝いをし

そこから人脈だけは作ろうと

ベースを担いで、ハワイアンのミュージシャンやフラダンサーとセッションする。

こうやって書いてみると、なんか見てくれいいけど

 

実際は、マスターのプロダクトを日本に拡げるという目的からはかなりズレている。

 

これだと、いわゆる成功体験とか自己肯定感を得られない、捻くれた精神状態になるんですよね。

 

ああ、でもこうやって書いていると面白い。

 

外から見た自分と、自分で作り上げているいわゆるセルフイメージって、こうやって離れて行くんだなあ。

 

もし読んでいただいた方いらっしゃいましたら

ダラダラですみません。

 

オチや気づきは、ほど遠いというか訪れないかも

また、戻って参ります。

お話とは関係なしに、

今聴きたい音

ジョージムラーツのベース、この人はインテリジェンスを感じます