なんだか・・・人生いろいろとはよく言ったもんです。
読んでいただいてる方、ご無沙汰でございます。
初めて寄ってくださったありがとうございます。
前回更新した前後、いろいろとデキゴトがありました。
一つは、ももけんを義妹を預けたこと。
やはり東京のこの地で一緒に暮らすことは困難でした。
自宅を持たない今、ももケンと過ごす日々は子供たちにとっても
かあちゃんにとっても大変重要だったんですが。
ももケンの存在があることで、子供たちは
(今までと変わってはいるけど)変わらない生活を感じられていたこと。
たとえば、家に帰ってくればももケンがいるとか、ももケンを触ることで
安心できるとか・・・
とっても小さいことなんです。
それも今は叶わず。
ただただ、毎日をなれない場所で過ごすことになってしまっています。
二つ目は、自宅に戻ったこと。
これは、立ち入り区域になる前だったんですが。
旦那と二人で。
泣きました。
避難した時と変わらない家。
毎年来るツバメ。
変わっていたのは、誰一人いない町。
犬が歩き、豚が歩き、牛が草を食み。
ある意味、牧歌的な風景ですが、生活感が一切ない世界でした。
この日本で、誰一人いない町があるんです。
でも、その町の上には朝が来れば日が上がり、夜になれば日が沈み、
雨が降り、風が吹き、
鳥がさえずり、蟻が動き出し・・・
普遍的なものだけが動いてる世界って、異様です。
三つ目は、会津の避難所に入っていた実母が脳梗塞で倒れました。
右半身と口がきかない状態です。
4月末まで電話でよく話していたのに。
孫たちのこと、あたし達のこと、心配してくれてました。
自分たちのことも、これから先のことの不安や大熊の家のこと、
いろいろと何かあるとすぐに電話してきてたのに。
心労が重なったんだろうか。
どうしていいのか、わからない。
何もできない自分悔やみます。
ほんとうに3月11日から人生が変わったようにおもいます。
でも、あたしだけではなく、たくさんの人の人生が変わったとおもいます。
被害を受けた地域の人もそうではなかった人も。
だけど、私の人生は一本道です。
その道に、いばらが巻き付いて来たり、大きな谷に下って行ったり、大雨が降ったり。
でも、いばらの先にはかわいいバラの花が咲くだろうし、大きな谷を上っていったら緑の草原が
広がっているだろうし、大雨の後には大きな虹がかかるはず。
だから、今は「自分」であるためにもう少し太い一本道をつくっている途中だと思ってます。
ほんとに、みなさん いろいろと ありがとう。
かあちゃんはまだまだ頑張るよ![]()
ところで、ももケンは元気だろうか?
「ももケンシック」だわ![]()
なんだか…いろいろあるからね。
中学生は 家庭訪問がないかわりに 三者面談がありました。
中3男子は 修学旅行に行きたくないとゴネ…
部活のバスケにも 入りたくないとゴネりまくり
分からないでも ないよ、大熊中の同級生と修学旅行に行きたいと思う気持ちとバスケ部のみんなと部活を続けたいと思う気持ち。
かあちゃんは 分かってるよ

でもね 修学旅行に行く事や部活をやれるってことは とっても 幸せなことなんだよ。
分かってねっ

ところで
思ったんです、避難して。
この約1ヶ月は
テレビや新聞で報道される事で判断しなくてはいけなかったから
怒りよりも先に 不安が大きかったと思う。
だって 2~3日で帰られると思って避難したから 家の中に誰か入るんじゃないかとか
通帳はあそこに置いたなぁとか
あと30分遅く避難してれば持ち出せたのにとか
自分の行動からくる後悔と不安が 1日に何回もきて
とっても目覚めの悪い夢を見ているような感じだったので。
多分 自分の目で見られれば 納得も出来るんだろなぁ
いまだにパソコンにネットをつないでないので ちゃんと 見たら怖いですけど
近いうちにつなぎたいと思います。
で最近は 怒ってます

生まれ故郷を返して欲しい
早く家に帰りたいです
写真は 避難所にいたころに 撮ったものです。
今年ほど 季節を感じた年はありません。

田村市総合体育館の外です。3月13日です。寒くて大変だったなぁ。