五鈴鏡と一宮市章 | 岳紫のブログ

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 明治42年(1909)一宮町(一宮市)小学校児童の校帽・徽章として、当時の小学校長服部康吉・原田清太郎・佐藤佐太郎・櫻井義一の4氏が、真清田神社の「五鈴鏡」を象ってデザインしたものが採用されたという。

大正11年(1922)10月に、時の市長日野常太郎氏が、徽章を一宮市の市章と決定されたものである。

 しかし、現在真清田神社に「五鈴鏡」は存在しない、というのが定説になっている。神社の御神体は宮司さんでさえ見ることができないので、御神体が五鈴鏡だという確証もない。

真清田神社史神社年表に「寛文2年(1662)暴風によって老木が倒れ,古鏡、斎甕等が出土する。(今は宝物舘に現存せず)」とある。推理して、この時の古鏡に「五鈴鏡」があった可能性はゼロではないと考えてはどうだろうか。