のほほん介護士、海を渡る。 -44ページ目

のほほん介護士、海を渡る。

日本、ニュージーランド、オーストラリアで介護して10年あまり。職場、国を転々としながらも介護を続けてるHarumiの奮闘記録とつれづれなるままに日常のことも書いています。2013年7月娘が生まれました。子育てのことも書いてます。

昔から、
戦争に関する何に対しても
あまり好きじゃなくて
遠ざけて来ました。

プライベートライアンという
映画を見たときの衝撃。。。
最後に耐えられなくなって
トイレ!
と言って抜け出したあと、
終わるまで席に帰りませんでした。

それが今もトラウマ。

今日は終戦記念日ということもあり
戦争の特集、
たくさんやってましたね、テレビで。

あまり見たくはなかったんですが

銃弾で撃たれてなくなった兵士の
そのままの写真がテレビに。。。
(最近ってそういうのもそのまま流すのね)

そしてそのままテレビを見ることに。。。

戦慄の記録 インパール

というドキュメンタリーでした。


実は7年前90歳で亡くなったうちの祖父も
70年うん年前、このインパール作戦に参加していたそうです。

見れば見るほどに
辛くて悲しくて酷くて
そして無駄な戦争。

インパールとは 旧ビルマ(現ミャンマー)にある街なのですが

そこでの短期地上戦を計画した日本の上層部が
何千人もの若い兵士の命を軽視し

豪雨地帯、山と川に囲まれた地帯で
計画を長く経ってから断念、
計画が中止になってからも
来るはずの食料は届かず、
病気や餓えで亡くなった兵士もたくさんいたとのこと。

最初からやらなくても良かった作戦なのに
上層部に逆らえず
やるしかなかった作戦。

やるせなさしか感じません。

実は祖父が亡くなる何年か前に
某新聞社から電話があり、
このインパール作戦に参加した人の体験談を
聞かせてもらえないかと依頼があったそうなんですが、

その頃の祖父は認知症もかなり進行し
家にいるのに家に帰ると言って
徘徊する状態でしたのでお断りしたそうです。

実はそういう人のほうが
昔のことは事細かに覚えていたりするかもしれませんけどね。

他の経験者の方々にインタビューされた記事は
本となり、
祖母の家に置いてあるそうなので
一度手にとって読んでみようかと思います。


自分ももうすぐ40歳。

テレビで見ていた有名人が
亡くなる歳になってしまいました。

小林麻央さんも相当なショックであったし、
自分の友人が亡くなったりして

自分もひょっとしたら明日何があるかわからない。

それに、親しい人たちが
昔、どういう生活をしてきて
どういう歴史があるのか
その人の知的財産っていうのか?
頭の中にあるものにより興味が湧いています。



戦争という辛い歴史にも
目を閉じず
少しずつでも向き合ってみようかな。




中学の頃は
湾岸戦争が終われば
この世は永遠に平和になると思っていました。

まさかまた戦争が起こるなんて
思っても見ませんでした。

利益や権力に振り回される
人の命。

こんなに愚かなことはないですね。

早くこの世から戦争なんてものが
なくなりますように。


仕事を始めたので
その頃の経験について
入居者の方々にも折を見て聞いてみようかな。


柄にもなく、戦争のことを
書いてみました。

イラスト noenoe

しあわせな日々がずーっと続きますように。
周りの人に感謝を忘れないようにします。