本日は日曜日、お休みということで、夕食後にゆっくり珈琲をドリップ。

買ってきた豆を、挽いて淹れて飲む…この一連の流れのすべてが「コーヒー」なんだよなぁ、と思うようになったのは、かれこれ3,4年というところでしょうか。

ぼくのサムネイルに使ってる写真がまさにそのスタートだったと記憶しています。

 

ぼくがまだ子どもであった頃、

父親がコーヒーを豆で買ってきてはミルで挽いて淹れて…という姿をよく見ていたので、この「コーヒー」は馴染みの風景ではありました。

中学生くらいから父親の淹れるコーヒーを飲ませてもらうようになったりとか。

 

学生時代も、早朝のアルバイトの後、大学の講義が始まるまでの時間を利用して独り〇タバに行っては「本日のコーヒー」を飲みつつ読書したりしてましたね。淋しいヤツだ、なんてことないですからね。。。

 

そんな「誰かに淹れてもらう」コーヒー生活から「自分で淹れる」コーヒー生活へとステップアップしたのは、新卒社会人になったときのことでした。

都会で生まれ育った少年は、とある経緯で山の中での生活を送ることになり、気軽にカフェに行くこともなければ誰かがコーヒーを淹れてくれることもない。

当初はインスタントコーヒーで済ませていましたけど、それじゃあもちろんそのうち飽きが出るわけですね。

なので、2週間に一回の都会への外出機会で、豆を買って(挽いてもらって)自分で淹れる、ということを始めました。ドリップデビュー、ってやつですね。

 

そんなドリップ生活もしばらく続きましたが、あまり豆にこだわってはいませんでしたね。

どんなコーヒーでも美味しいと思ってましたから。苦きゃ苦いほど好い、みたいな。

 

しかしながら、山の中の仕事を辞し山から下りて福祉の仕事に就いたり、再び都会に戻ってサラリーマンの生活になったりしているうちに、自分で淹れるコーヒーとは疎遠になっていきました。コーヒーはいつしか「嗜好」から「眠気覚まし」になり、頭痛が持病になったのをコーヒーのせいにし…コーヒーへの愛が完全にどっかに行っちゃってましたね。

 

そんな薄情者が愛を取り戻したのが、承前の3,4年前のこと。

忙しないサラリーマン生活の最中ではありますが、年に一度、「山の中で生活をする」という素敵な”仕事”がありまして、エアコンが不要な夏空の下、当たり前のように温泉に浸かっていると、ふと「あー、おいしいコーヒーをゆっくり飲みたいなぁ」なんて思い始めるわけですよ。

善は急げ、宿泊施設(山小屋)にコーヒーミルもドリッパーも都合よくあったので、近隣のコーヒー豆屋(車で30分)をググって買いに行き(念のため、仕事です)、時間のできたときにゆっくりと挽いて淹れたんですよね。

 

この時の味が今でも忘れられません。きっと死ぬまで忘れません。

あぁ、ここのところ忙しさにかまけてラクしようとしてたけど、ほんのちょっとの手間暇でこれだけのぜいたくを味わえるのなら、少しくらいの負担はなんでもないな、なんて。

 

コーヒーって、体験であり、安息なんですよね。

活かすも殺すも気持ち次第。ほっとひと息つきたい時に、ほんのちょっとの手間で幸せになれてしまう、気軽な体験。

 

それからというもの、より美味しく幸せな体験を手に入れるべく、時間を見繕っては都内の豆屋を巡る日々が始まります…。そんなお噺はまたの機会に。