あれだけ子供の頃は降る事をワクワクして待っていた雪。


それが大人になるとどうだろう。



電車の遅延がしんどいとか車スタッドレスに履き替えるのめんどくせえとか、なんか靴の中に入り込んだら靴下びしょびしょになって嫌だし転んだ所を人に見られた時の表情どうすりゃいいんだよ、とかそんなマイナスな事ばかり考えてしまう様になっていた。



いつの間にか。




本当にいつの間にかだ。





どのタイミングで雪がマイナスな存在になったのだろう。なんか切ないなと思った。




しかし最近になって気づいた事がある。



いや、マイナスにしてるのは自分の勝手な気持ちであって雪のせいではないという事を。



そんなマイナスな気持ちこそ溶かしてしまえと。



確かに子供の頃は馬鹿だったのだ。



それ故に何も考えずにひたすら「うわー冷たいー白いーギュッてすると固まるぅー人にぶつけたいぃー楽しい楽しいーああー腹減ったー」と雪の中を駆けまわれた。



それは家から半径何百メートルみたいな世界で生きていたから電車や車の事も気にせず、靴の中の雪も「まあ、あとで取り出せばいいでしょ」で済むし、人の目なんか気にせず転んだら感情のままな泣くか大爆笑かのどちらかで終わっていた。



いや。

でも、それで間違ってない気がする。



大人もそれで良いのではないだろうか。



基本的には何百メートルの世界も何百キロの世界も変わらない。


遅延して出勤するのが大変だとかあるかもしれないけれど、それでも人は死にはしない。


車のスタッドレスに履き替えるめんどくささもプロに頼んでしまえばすぐだ。むしろプロに頼む事が出来るのは大人の特権だ。


靴下だって靴だって子供の時が正解だ。

変えればいい。転んだ時の顔だって無理して格好つける必要もない。

むしろ、転んだのに転んでないですよ的な微妙な表情よりも、痛くて泣いている女の子の方が皆、惹かれるのではないだろうか。




後先考えずに楽しむあのスキルを大人になって自分は忘れてしまったのだ。



よし、どんとこい雪。



今冬、雪が降った際は全力で楽しんでいこうと思う。





今日の雨、靴に入ってきてすんごい嫌だったけどね。





小学生の時に書いた詩。子供の頃からすぐに頑張るみたいなの出来なかったんだな。