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母が帰らなくなった家は、とても窮屈だった。
何だかんだ理由をつけて毎日殴られた。
自分の中から薄れていく感情に気付く暇も無く、毎日家事に追われた。
どんなに理不尽でも口答えは許されない。
泣く事すら『煩い』と罵られ殴られる・・・。
思えば空は物心付く頃から、声を上げて泣いた記憶が無かった。
子供と言うものは泣くのが仕事なんだと思う。
そうやって色々な感情を学んでゆくものだと思う。
怒られて、自分が悪いと分かって、それが悔しくて泣いたり。
自分のせいじゃないのにと、悲しくて泣いたり。
でも空の家は、どんな事でも泣く事は許されなかった。
声を上げなくとも涙をこぼしただけで、殴られた。
「お前が悪いのに何で泣くんだ!!」
「お前が悪いんだから泣くんじゃない!!」
そうやって空の心には、『全部空が悪いんだ』と言う思いが張り付いていった。
泣く事は禁忌だった。どうしても絶えられない時は、布団に包まり枕に顔を押し付けて泣いた。
誰にも見られないように・・・声を聞かれないように・・・。
でもそれも長くは続かなかった。
空は涙を忘れてしまったから。
違うかもしれない。
感情を、忘れてしまったから・・・。
とはこういう事を言うのだろう。
などと冷静に考えてみる。
今朝は沈んでいた。嫌な夢を見たから。
昼には普通にもどった。
多分洗濯して晴れた空を見て少し気が晴れたからだと思う。
夕方になってまた沈んだ。喘息の発作で苦しかったから。
吸入器を使って破裂しそうな心臓を押さえて少し眠った。
また夢を見た。過呼吸がでた。
吸入のせいで未だドキドキする胸と、過呼吸のせいで苦しい呼吸。
止まらぬ涙にイライラした。
やっと呼吸が整っても、イライラは収まらなかった。
いつの間にか握っていたハサミに手が震えた。
何をしようとしていたの?
手のひらに食込んだ爪が白くなっているのをぼんやり見つめた。
なんだか怖くなってハサミを投げはなした。
ふと見た腕には微かな傷跡。
過去の産物。
どのわたしがほんとう?
明るいわたし?
暗いわたし?
それとも
どのわたしの事も冷めた目で見つめる、冷静なわたし?
痛むはずのない傷が疼いた気がした。
いくつもの感情を日に何度も行ったり来たり。
無表情で食器を割る自分が憎たらしい。
明るく振舞う自分が憎たらしい。
さめざめと暗い感情に浸る自分が憎たらしい。
パニック障害?
PTSD?
うつ病?
ストレス性皮膚炎?
記憶障害?
不安障害?
強迫性障害?
何でもいいよ。
割ったお皿、片付けなきゃね。