それでも飄々としていた。
周囲の喧騒を傍らに
全国の将棋ファンの期待や希望を背中に纏い
袖を通した和服。
絹の繊維がススっと音を糀じ
丁寧に磨かれた床板を這う。
指先に駒を絡ませ、
「歩」を一つ前に突き出した後には
誰も立ち入ることが出来ない静謐な空間。
第30期竜王戦
渡辺明竜王(以下渡辺竜王) 対 羽生善治棋聖(以下羽生棋聖)
第5局 「指宿白水館」
後に渡辺竜王は「投げ場と興行的になんとか。。。」と
対局中に考えていたと、ご自身のブログで語っている。
確かに渡辺竜王は生放送中盤面や現実から瞳を逸らすように
何度も宙を仰ぎ、頭を垂れ下げ
空虚な表情を浮かべる事が多かった。
終局までの時間。
指し手の構想よりも絶望的な状況。棋士・竜王としての立場。
様々な思いが渦巻き、苦心してオルタナティブな状態であったと
充分に推測できる。
方や羽生棋聖。
投了までの数手。
終始指が震えていた。
評価値は大きく羽生棋聖に傾き
解説者も徐々に言葉を減らす。
控室にいる棋士たち、会場にいる観戦客。
皆固唾を呑んでモニターを凝視している。
終局までの儀式は粛々と進められていた。
早く終わりにしたいという「焦り」なのか?
羽生棋聖が4三銀を打ち、確認した後
一瞬で振り返り飲み物を置いた直後。
すぐに「負けました」と渡辺竜王は
投了の意思表示をした。
二人の間だけに漂う刹那で重厚な沈黙。
限りなく真空の時間。
それでも飄々と。
TVでは各局から次々とニュースが流れ、
SNSでは祝福の声、感嘆のコメントの乱舞。
新橋の駅前では号外が配られていた。
会見でも表情は崩れなかった。
「新竜王」「永世七冠」の重みとプレッシャー。
非現実感。責任感に依るものなのだろうか?
報道陣からの質問にも間を置き、言葉を選びながら返答する。
「将棋そのものを本質的にわかっていない」
10の220乗という将棋の可能性は宇宙より拡く、
将棋の神様に最も近づいた偉人「生きる伝説」の
創造を超えて「叡智の果て」に導き
身を律している。
人間が将棋の本質を理解できる日は。
AIが人間を超えた?と本当に認識できる日は。
いずれ来るのだろうか?
。。。。。
改めて「永世七冠」「国民栄誉賞」おめでとうございます!
続きは将棋世界2月号でお楽しみください!
