たまにはド ロドロした話でも書きますか!!
札幌行って映画見ようとか、札幌行って芝居見ようとか、札幌行ってライブ見ようとかいろいろ考えるんだけど全然実行してない。
めんどくさい。
父親に就職をせかされる。
言われるまでもない、できるものならすでに働いている。
就職情報ネットで調べてやったぞとか言って、父親がプリントしてきた紙を見てみたら凸版印刷とかだった。
「そういう大きいところは履歴書見て学歴で落とすんだよ。それ(会社)の面接が受けられるなら今頃もう就職してるから」といっておく。
親というのはなんで自分の理想を押し付けたがるんだろうか。(←リンキンパークか?)いつも顔を合わせれば就職の話で胃が痛い。
(ほんとに痛い)
池田小の宅間被告は裁判の席で「この父親にしてこの子ありや!」と言ったそうだが、彼のやった事はともかくその意見には賛成だ。
子供が欲しくなければ避妊すれば良い。
あんまり関係ないけど、家庭が性に対して抑圧的だと子供が引きこもりになるらしいですね。
開放的過ぎるのもどうかという感じだけど、お前らどうやって生まれてきたんだっていう話だから無理もないか。
めんどくさい。
父親に就職をせかされる。
言われるまでもない、できるものならすでに働いている。
就職情報ネットで調べてやったぞとか言って、父親がプリントしてきた紙を見てみたら凸版印刷とかだった。
「そういう大きいところは履歴書見て学歴で落とすんだよ。それ(会社)の面接が受けられるなら今頃もう就職してるから」といっておく。
親というのはなんで自分の理想を押し付けたがるんだろうか。(←リンキンパークか?)いつも顔を合わせれば就職の話で胃が痛い。
(ほんとに痛い)
池田小の宅間被告は裁判の席で「この父親にしてこの子ありや!」と言ったそうだが、彼のやった事はともかくその意見には賛成だ。
子供が欲しくなければ避妊すれば良い。
あんまり関係ないけど、家庭が性に対して抑圧的だと子供が引きこもりになるらしいですね。
開放的過ぎるのもどうかという感じだけど、お前らどうやって生まれてきたんだっていう話だから無理もないか。
ステレオタイプ


上:

Rudolf Schmitz, Giorgio Verzotti, Felix Zdenek
Wolfgang Tillmans: View from Above (HATJE CANTZ)
下:

Henri Cartier-Bresson
A Propos De Paris
引用したイメージは「A Propos De Paris」のものですが、こちらの「Europeans」方がよくまとまっていると思います。
ハードカバーだし、本の作りが繊細で「A Propos De Paris 」と重複する写真でも印象が違う。
↓・・・と思っていたら在庫切れみたいですね。

Jean Clair, Henri Cartier-Bresson
Henri Cartier-Bresson: Europeans
↓こちらはソフトカバー版。持ってないのでなんともいえない。

Jean Clair
Henri Cartier-Bresson
死んでから評価されるタイプ
友達に「お前は死んでから評価されるタイプだな」といわれたことがある。
ゴッホ、ゴッホとかっていうとまたあれだけど、彼について興味深いのは、彼が生きている間、飲食代などのかわりに店に置いていった絵なんかはいまほとんど残ってないらしいんですよね。
で、もし絵を捨てていなかったら、なんて話をテレビでしていたりする。
それでも絵と引き換えに施しをしていたから後悔する事もできるけど、絵を買わなかった人達は、当然ながらゴッホの絵を持つことはなかった。
彼の絵は、いまではそんな人達の頭をかすめて美術館の間で取引されているわけです。
そして、やはり絵を買わなかった人達は、当然ながらゴッホの絵を持つことはできない。
これはゴダール的なアイロニーによる逆説ともいえます。(*)
いわば彼に対する償いではないか。
【これはたぶん「美術マーケットが絵画の本質と別に動いている(例でいうと、メッカという言葉を使って遊興地を表現するのは本質的には間違っているのではないか、という問い)のは皮肉だ」と言いたかったんだと思います。 20110609 追記】
そしてまた、ゴッホが「自分自身が画家であることを知っていた」という事実は覚えておいていい。
自分はゴッホのような天才ではないけれど、もし僕が彼のように死後評価されるような人間なのであれば、それは才能の開花が遅いのではなく、やはり非協力的、非接触的な周囲の人間関係や無関心によるのだろうと思います。
【後日談になりますが、仕事を変えるたびに、新入りのブログ検索してるやつが一人は居て「てめーのブログなんて誰が読むんだよw」(←少なくともこいつは読んでいたようだが)的な事を陰でいわれていましたね。しかも、そういう人に付かされて教わったりするので、まともに教えてもらえるはずもなく「仕事もできないくせにブログで偉そうな事書いてるw」とかいわれたり…仕事のやり方を聞いても説教の法が長いとか。場合によってはそういう人は上司にいちいち「僕の時の方が仕事覚えるの早かったですよね?」とかわざわざ聞いたりしているので、むしろあとから入ってきた人間が仕事覚えが遅い方が都合良く本人の自尊心を満たすのだろうなーと思いました。後進指導も仕事なら、下に仕事を覚えさせられなければ仕事ができない人なわけで、その例で言えば仕事ができる人は教えるのも巧いと思うんだけど…と愚痴が多くなってしまいましたが、「非協力的、非接触的な周囲の人間関係」という点ではこの辺は外れていなかったですね。 20110611 追記】
そして、世間では芸術家の評価は死んでから決まる、となかば定説のように言われるけど、やっぱり生きてるうちが花だとも思います。
(*)ジャン・リュック・ゴダール。映画監督。
「今アメリカはイスラム教原理主義者と呼んで、イスラム教と対立していますが、昔から、そして今日でも、ハリウッドが映画の”メッカ”と呼ばれるのはなぜでしょう。イスラムの聖地がメッカなのに、ハリウッドが映画のメッカと呼ばれています。」装苑2003年1月号。
ゴッホ、ゴッホとかっていうとまたあれだけど、彼について興味深いのは、彼が生きている間、飲食代などのかわりに店に置いていった絵なんかはいまほとんど残ってないらしいんですよね。
で、もし絵を捨てていなかったら、なんて話をテレビでしていたりする。
それでも絵と引き換えに施しをしていたから後悔する事もできるけど、絵を買わなかった人達は、当然ながらゴッホの絵を持つことはなかった。
彼の絵は、いまではそんな人達の頭をかすめて美術館の間で取引されているわけです。
そして、やはり絵を買わなかった人達は、当然ながらゴッホの絵を持つことはできない。
これはゴダール的なアイロニーによる逆説ともいえます。(*)
いわば彼に対する償いではないか。
【これはたぶん「美術マーケットが絵画の本質と別に動いている(例でいうと、メッカという言葉を使って遊興地を表現するのは本質的には間違っているのではないか、という問い)のは皮肉だ」と言いたかったんだと思います。 20110609 追記】
そしてまた、ゴッホが「自分自身が画家であることを知っていた」という事実は覚えておいていい。
自分はゴッホのような天才ではないけれど、もし僕が彼のように死後評価されるような人間なのであれば、それは才能の開花が遅いのではなく、やはり非協力的、非接触的な周囲の人間関係や無関心によるのだろうと思います。
【後日談になりますが、仕事を変えるたびに、新入りのブログ検索してるやつが一人は居て「てめーのブログなんて誰が読むんだよw」(←少なくともこいつは読んでいたようだが)的な事を陰でいわれていましたね。しかも、そういう人に付かされて教わったりするので、まともに教えてもらえるはずもなく「仕事もできないくせにブログで偉そうな事書いてるw」とかいわれたり…仕事のやり方を聞いても説教の法が長いとか。場合によってはそういう人は上司にいちいち「僕の時の方が仕事覚えるの早かったですよね?」とかわざわざ聞いたりしているので、むしろあとから入ってきた人間が仕事覚えが遅い方が都合良く本人の自尊心を満たすのだろうなーと思いました。後進指導も仕事なら、下に仕事を覚えさせられなければ仕事ができない人なわけで、その例で言えば仕事ができる人は教えるのも巧いと思うんだけど…と愚痴が多くなってしまいましたが、「非協力的、非接触的な周囲の人間関係」という点ではこの辺は外れていなかったですね。 20110611 追記】
そして、世間では芸術家の評価は死んでから決まる、となかば定説のように言われるけど、やっぱり生きてるうちが花だとも思います。
(*)ジャン・リュック・ゴダール。映画監督。
「今アメリカはイスラム教原理主義者と呼んで、イスラム教と対立していますが、昔から、そして今日でも、ハリウッドが映画の”メッカ”と呼ばれるのはなぜでしょう。イスラムの聖地がメッカなのに、ハリウッドが映画のメッカと呼ばれています。」装苑2003年1月号。