花柳風月
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別れの言の葉を

時折迷い込む電脳の海の旅人達へ



紡ぎ出された物語を紐解き目を通された貴方に深い感謝を。

ここから、他に旅立たれた方には幾久しい悠久の旅路への祈りを。 

本の隙間に栞を挟まれた方、片隅に文字を踊らせた貴方には喜びの礼辞を。

不思議な縁で結ばれた顔も知らない貴方には心から悲しみを。



そして私も海に還り小さな小島に泳ぎ着く。 

其処でいつか出会える日を待って……







今、本の扉は閉じられる。

since26 ベクトル

                 ベクトル      坂本真綾 


もうすぐクリスマス。 

好きな人に「貰うアテはあるんでしょ?」と言われて

私は笑って「はい。」と答えた。



あなたに大事な人がいなかったら答えは違っていたのに。


あなたはそんなこと知らない。

何も知らない。

私の瞳の先も。

決して絡まらない視線も。

私の想いも。

全部知らない。


私は知りたい。

あなたの視線がこちらを向く日は来るのかを。

あなたの気持を捕えることができるのかを。 


そして、

私が恋したことも、

心が痛くて泣いた夜も、

強く握りしめた手も、 

全てが、“無かった事にできる日”がいつくるのかを。




今日も沈む一日。

since25 BlurryEyes

投げ出された足。

細くしなやかな腕。

遠くから届いた風が長い髪を掬いなびかせる。

大きな瞳を瞬きさせて俺を見上げている綺麗な顔。

「何を考えているの?」

唇の端を大きく吊り上げ外見に似合わないニヤリとした笑みを浮かべる。

「…わかってんだろ。」

ふてくされて吐き出された言葉は風に飛ばされた。





             BlurryEyes        ラルクアンシェル





不意に遠くから声がする。

聞き覚えのある声に俺は顔を向けて手を上げた。

隣で奈々緒も手を上げる。

寝っ転がったまま。

「お前、彼氏が来てんのに寝っぱなしかよ。」

俺が呆れて言うと、奈々緒はフフンと笑った。

「愛ゆえ、よ。」

「寝言は寝てから言え。」

「あんたが言わせたのよ。」

それから起き上がると近くで俺を見た。

それだけで鼓動が少し上がるのすら気づいているだろう。

こいつはそういう女だ。

「あんたの為よ。」

そして視線を俺から逸らして笑った。

きっと、まだ手を振り続ける奴に向けた笑顔のまま口を開く。

「あたしはあんたを好きだけど愛したりしない。
 あたしの運命が呼ぶ人はあれだけなんだから。」

こちらにゆっくりと向かってくる優しげな顔をした友人を顎で示すと

奈々緒は満足そうに頷いた。

「何回も聞いたっつの。」

それでも胸に針が刺さった感触がした。

二人共黙ると風が吹いた。

「………なぁ。」

「何?」

「それでも約束は守るのか?」

「あんたとの?」

「そう。」

「子どもの時にしたやつ?」


『あんたはあたしの家来なんだから死ぬまで一緒よ。』


「なんだ。守ってくれんの?」

「お前が言ったんだろ。」

ケラケラ笑う奈々緒を睨みつける。

ひとしきり笑うと奈々緒は俺を見て、そうして笑いを止めた。

少しの間、俺の顔を見つめる。

日本人にしては珍しい蒼がかった黒い瞳が俺を見据えた。

「どんなに時が廻っても約束は奪われることないわ。」

俺は小さく頷く。

「どんなに心があんたから離れているのだとしても側にいる。」

あんたは家来だからね、と言ってフイッと視線がズレる。

「奈々緒。」

差し出された手にすがるように立つ奈々緒を見上げる。

こいつらは赤い糸で繋がっている。

切れそうになりながら繋ぎ止めて紡ぎ続ける真紅の糸。

俺は自分の小指を見た。

俺だって。

赤くない。

けれど、“腐れ縁”と呼ばれる糸は決して途切れず続いている。

赤くない。

『あんたはあたしの家来なんだから死ぬまで一緒よ。』

それはきっと、あいつの瞳に微かに混じる色と同じだろう。

少し冷たい燃え尽きることない蒼の色。

だから、きっとずっと続いていく。

その変わらない予感を胸に俺は立ち上がるとバカップルを追い始めた。

since24 全部、君だった

全ての中に君がいた





                全部、君だった     山崎まさよし





例えば、


                 毎朝のコーヒー

      いつの間にか降った雨にさした傘

                  若葉の季節に変えたカーテン

フローリングにある煙草の焦げた跡

           溢した涙を拭った薄桃色のタオル



ささやかな

ささやかな


全てが君に繋がった



季節はかけがえのないものを

鮮やかに映し出す。



伸ばした先にあった右手も


ぽっかりと空いてしまった左隣も


流れる季節で見た幾つもの笑顔も



全部、君だった




           雨はやんだ






                    さようなら

since23 Right Here Waiting

「私は魔術師。


 貴女の願いを一つ叶えましょう。」

それは金色の光に照らされた闇のような月との夢。




私の願いは——————






———————————Right Here Waiting———covered by 佐藤竹善——






「レティシャ嬢、どちらへ行かれるのですか?」

「…気分が優れませんので外へ。」

肩に馴れ馴れしく手を置く男から視線を逸らして私は素ッ気なく答えた。

「レティシャ。」

父が私をたしなめる声を上げるが、男は苦笑すると父を押し止めるように軽く手を上げた。

「ヒュードル男爵、落ち着いてください。私は気にしておりませんから。

 レティシャ嬢もいきなりのことに戸惑っているだけで

 時間が解決してくれると私は思っております。」

それから片方だけ口の端を吊りあげる。

「なにせ、今や私達は婚約者同士なのですから。」




                                             目眩がした。



少しボヤけた視界で両親が満足そうに笑いを浮かべている。

「…………失礼します。」

絞り出すようにそれだけ言って私は広間の喧騒から抜け出した。

後ろ手で扉を閉めると静寂が訪れる。

それに安堵し溢れたのは溜め息。

————————なぜ、あんな男と………

そんなのは決まっている。

男爵という肩書きだけの貧乏貴族に、地位だけが足りない成り上がりの銀行家。

需要と供給。

自分とて子どもでは無い。

夢なんかはとうに捨てている。

それでも私が愛している人か、私を愛してくれる人が良かった。

『地位と横に並べて見映えのいい娘。』

あの男は私をそう評した。

まるで物のように。

いやもう、考えるのは止めた方がいい。

そう決めて私は近くの部屋からテラスに出る。

月が綺麗だった。




「こんばんは、レディ。」

突然、テラスに出た私を迎えるかのように響く声。

同時に月が陰る。

とっさに目を瞑った私が再び瞼を開けると、月の光が満ちる下に人が立っていた。

どこまでも黒い装束に同じ闇色のマントに付いているフードを目深に被り、


顔の半分と金糸のような髪が僅かに覗いている。

「今晩もいらしたの、泥棒さん。」

私も返事をして黒い男に近寄る。

男は少し口を笑うように形作った。

きっと苦笑しているのであろう。

「私はヒュードル男爵邸で何も盗んだ事はありませんよ。

それと、私のことはエドワードとお呼びくださいと何度言ったでしょうね。」

「それが真実の名前でしたら私も呼びましょう。」

「……貴女は棘だらけの薔薇のようだ。」

差し出す右手を受取るとエドワードと名乗る男は柔らかな物腰で口付けを落とす。

「今宵も美しい貴女に私の心を届けに参りました。」

「よくもまぁ。

 そう言いながら私を連れ去るおつもりは無いでしょうに。」

男から偲び笑いが聞こえた。

「そんな風に言われるとレディに期待してしまいますよ。」

軽やかに踏み出された一歩はさながらワルツ。

「貴女も私に連れていかれるのを望んでくれている、と。」

物腰と同じように柔らかで落ち着いた声は私を絡めとるよう。

それから逃げるように身をよじらせて私は離れた。

「……そうね。

 今なら考えてしまうでしょうね。」

視線を五つ向こうで光を放つ窓に向ける。

「けれど、無理だわ。」

もう少ししたら喧騒と野心に満ちるあの部屋に、

私を取り巻く現実に帰らないといけない。

あの男に嫁がないといけない。

偽りの愛を誓わないといけない。


————————そして私は人形になる。

「………レディ。」


優雅な歩みで近付いた男は細長い指で私の目を覆った。

「そんな昏い目をしないでください。」

指が頬をなぞる。

「泣かないで、レディ。」

「……私、結婚なんかしたくない。」

後ろを振り返ると私を抱き締める優しい闇色の男。

あやすように私の背中を撫でてくれる。

「まだ私は何も知らない。

 何も見ていない。何もしていない。」

「そうだね。」

「私が結婚しないと家が潰れるわ。

 けれど愛されていない。愛してもいない。」

「悲しい?」

「いいえ。ただ怖いの。何もかもが。」

「そう。」

私も闇色の人の背中に手を回して抱きしめ返した。

マントを握る私の手は怖がりの子どものよう。

「……初めてレディに会った時も今夜のような月でしたね。」

抱き締める腕を緩め彼は、エドワードは軽く私を覗きこんだ。

瞳は見えないけれど優しいとわかる暖かい笑み。

「貴女には何も言いませんでしたが、私には秘密があるのです。

 聞いてもらえますか?」

肯定の言葉を返す代わりに少し首を傾げて微笑んだ。

その様子に安堵した様子でエドワードは再び口を開く。

「実は私は魔術を扱う者なのです。」

それから悪戯っ子のように笑い声を上げると私から離れた。

月の光を燦然と浴びてフード越しに私を見据える。


「私は魔術師。

 貴女の願いを一つ叶えましょう。」

それは金色の光に照らされた闇のような月との夢。

差し出された手に自分手をそっと重ねる。


————————私の願いは、

「私をここから連れ去って下さい。」

「それがレディの願いですか?」

「そうよ。」

答えた瞬間、エドワードのフードが外された。

月の光を弾くように輝く金糸の髪に深緑の瞳が私を見ている。

月に照らされるのは優しげな顔。

その顔をよく見たくて私は彼を間近で見上げた。

「叶えましょう。

 その代わりに条件があります。」

「条件?」

エドワードの手が私の頬を包んだ。

「私が貴女に心を奪われたように、私も貴女の心が欲しい。」

彼の顔が近付き、少しかすれた声で囁きを落とす。

「レティシャ。

 貴女を心から愛しています。」

額に触れる柔らかい感触。

いつの間にか閉じていた瞳を開いて私はエドワードを見た。

「それが条件ですか?」

「そうです。

 …私の想いは届きますか?」

深い緑色の瞳が微かに揺れる。

そこに映るのは泣きそうな顔をした私だった。

————————出会ったのは月光が降る夜。

「初めて会った時は泥棒だと本気で思ったの。」

————————それから3年という月日の中で届けてくれた貴方の想い。

「貴方の言葉をいつも冗談だと思おうとしていたわ。」

————————信じれなくて。怖くて。

「こんな私なのに…。」

————————それでも、

「それでも、」

————————貴方は、

「貴方を」

————————愛してくれるのね。

軽く呼吸をする。

————————この光当たる場所で待つ貴方を


「愛しています。」

言った瞬間、強く抱き締められた。

そう。

私は素性の知れない顔すらもわからなかった彼を愛している。

「私を心と一緒にさらってください。」

「引き受けましょう。」

そう言った彼は子どものように無邪気な笑顔で、私達は額を付き合わせて笑った。

月の光は私達を隠すように雲の中に入り、黒の帳が私に降りてくる時、

私は小さく「さよなら」と呟いた。



これ以降、レディ・レティシャ・アン・ヒュードルの姿を見た者はいない。


since22 gravity


貴方に会いたい…



―――――――――――――――gravity―――――坂本真綾



一つ別れを重ねる度に貴方を想う気持ち。

他の人では感じえない焦燥感。

会いたくて仕方がない気持ちと涙が頬を伝うのが止まらないほどの愛しい感覚。

けれど、まだ貴方とは会えなくて…

どこまで長いのかわからない赤い糸を二人でたぐり寄せている。

本当はそんなモノはないんじゃないのか?

もう一人の自分が言っているけど止まることはない。

それはまるで重力。

引き合うように出会うであろうその人と、繋がっているであろう空を見上げて呟いた。

「待ってるなんて言わない。

 探すから。

 この長い糸をたぐって探すから。」

そして、灰色の空を見上げたまま私は笑った。


since21 ROLL


「…私は人狼なんだよ。」

そう寂しく呟いた鳶色の髪をした人は私から目を逸らして

空に浮かぶ淡い三日月を見あげた。


そこに映るのは剥がれ落ちる心。





――――――――――ROLL―――――――――――――――――ポルノグラフティ――――










その人を見た時、周りの人は「笑顔が素敵!」とか「優しそう!」とか言って

喜んでいたけど、なぜか私はそう思えなかった。






                         『寂シソウ』



こんなにたくさんの生徒の拍手に祝福され照れたような笑顔を見せている貴方。

けれど、それはオブラートに包んだ苦い薬のようで少し前の自分とダブって見えた。


あるがままに生きる事を放棄した

初めてきた土地で言葉が通じず誰も信じてなかった数年前の私に。


何処か痛々しくて。

何か違和感を引きずったまま、

それからは彼が通りかかる度、誰かといるのを見かける度に目が離せなかった…


                                    

                                ケレド、

                      ソレハ憐レミ?


               …ソレトモ







                             ・・・愛シサカラ?








今日もあの子と目が合った。

最初は偶然だと思って気にしないでいたが、

投げられる視線は他の子と違っている。

瞳の中に宿るのは私の嫌いな苦いもの。


全てを知っているかのようなのに曖昧さをたたえた瞳を包むオブラートは十数メートルの距離。

けれど確実に何かが間を塞いでいて近寄ることができなかった。




                              違ウヨ、

            怖イカラ近寄レナインダロ?




                      ソレニ包マレテイタノハ自分自身…


                 何カ苛立タシイ。



  





                   交わされる視線、

                               逸らされる心。


              されどめぐりめぐる迷宮で迷いながら


                                  足りない何かを求め合う。





月のように満ち欠けていく何か。

そう、月の出る夜に私達は出逢う。

それは人を惑わし本性をさらけだす、優しい闇の眷属。

「こんな時間に外にいるのは危ないよ。」

中庭に見えた人影を怖がらせないように注意する声。

私は肩を震わせて振り返る。




振り向いた人物が私を見る前に気づくべきだった。

彼女は私の嫌いな苦い薬。

それなのにオブラートを破ったのは自分自身だ。

「先生…」

紡ぐ声はチョコレートのように甘く、そのくせ、

「先生は何が怖いの?」

やっぱり今私が飲み続ける薬のように苦い。


「怖いって?」

               ――――――――――誰にもわからない。

「いつも何か怖がってる」

「何もないよ」

               ――――――――――この笑顔と諦めることを何年続けたか。

「いつも何かに怯えて線を引いて見ないふりして生きている」

「君…」

               ――――――――――誰も入れない。

「先生は笑ってない。

 苦しい。悲しい。聞いてほしい。聞かれたくない。言いたい。知られたくない。」

「違っ…!」

               ――――――――――誰も入らせない。


                「寂しい」






                                       何カガ割レル気ガシタ

「先生はなぁに?

 私はここが怖くて見ないふりして、見えない壁を作った。

 怖くて近寄れない。辛くて逃げたい。

 けど、寂しくてしかたなかった。」

目が合う。

「…何が怖いの?」

ようやく気づく。

彼女は私だった。

異質である自分が辛い人間。

いや、彼女の中で彼女は人間でないのかもしれない。

向き合う私達はまるで鏡だ。

そう思うと少し可笑しくなる。

けれど。

それでも彼女と僕の立場は確かに違う。


私は誰も気づかなかった作り笑いを浮かべた。




「…私は人狼なんだよ。」

そう寂しく呟いた鳶色の髪をした人は私から目を逸らして

空に浮かぶ淡い三日月を見上げた。

やはり彼は異質だった。

それも比べるべくもないくらいにとびきりの。

人狼。

咬むことによって同族を増やし、満月の夜に狼となる忌み嫌われる存在。

そう聞いていた。

けれど、目の前にいる彼はくたびれた格好をしているものの、

優しく賢い先生であった。

そして甘い物が好きでチョコを常に持ち歩く男。

目が離せないほどの、眩暈がするほどの、


                     ソレハ憐レミ?

              …ソレトモ



                             
                    決まっている。


少女は破顔した。




目の前の少女はクスクス笑ってこちらを見ている。

そのまま滑るように私の前に来ると手をのばしてきた。

「先生が欲しいものって、案外手を伸ばせば届くのかもしれませんよ。」

今私は簡単に届きました、と笑う。

辛くて悲しくて苦しい。

諦めた光。

それでも求めているのだろうか。

手を伸ばせば届くのだろうか。

心はまだ迷う。

それでも手は伸びていた。


心の片割れを、共感者に触れて腕の中に収める。


少女ははにかみながら麗しい笑顔で見上げる。


私も本当の笑顔で返す。

「じゃあ、まず君の名前を教えてもらっていいかな?」

上手く笑えてないだろう。

けど彼女にはそれでいい。

そして彼女は口を開くだろう。

鏡の中の私の名前を教えるために。

since20 全力少年

すっげぇ口惜しい。

俺は目の前で笑うバカ女を睨みつけた。






―――――全力少年―――――――――――――――――――スキマスイッチ







「睨んでも負けは負け。
 
 ジャンケンで負けた方が相手の提出書類を書くって言ったのは

 野瀬君、君なんだからね。」

バカ女は僅かな身長差で俺を見下ろしながら勝ち誇ったように言う。

俺よりちょっと高いからって見下ろしやがって。

ムカつく。

無言で睨みつける俺に容赦なく押し付けられたのは書類の束。

「約束通り私の分も書類の提出よろしくね。」

お疲れさま。

そう言ってセーラー服のリボンをヒラヒラさせながら踵を返したバカの腕を

とっさに俺の手が掴んで引き留める。

バカ女は少し驚いた顔で俺を見て、

それから自分の腕を見下ろして再び俺を見た。

「…何?」

何か言わないと。

「ムッ、ムカつくんだよ。」

とっさに出たのは罵倒で。

そして止まらない言葉達。

「生意気なんだよ、【副】会長のくせに。」

――――俺なんか生徒会長なんだ。

「ちょっと位背が高いのがなんだってんだよ。」

――――後半年しないうちに追い越せる高さだろ。

「たかだか2年上なだけだろ。」

――――けれど2歳も上だから困ってんだよ。

「全然大人っぽくねぇし。」

――――可愛いんだよ、ばかやろう。

「けどプライドばっか高そうで視界の邪魔だし。」

――――誇り高いあんたに目を奪われていって。

「中学生だからってバカにすんなよ。」

手に届かない焦燥感だけあって。

「俺をちゃんと見ろよ。」

俺はあんたが。

握る手が汗ばむ。

苦しくて声が出なくなる。

顔も見れなくて下をむいしてしまった俺に落ちてきたのはバカ女の言葉。

「見てたわよ。」

その声はさっきと変わらないけど、少しだけ優しさが含まれていた。

俺は恐る恐る顔を上げる。

そこにあったのは笑顔。

満開じゃないけど、見る人を魅了するような微笑み。

その形良く上げられた唇が動く。

「ずっとじゃないけど見てたわよ。」

それから手を振りほどいてから一歩離れると、

首をすくめて俺を上目使いで見た。

「好きな女くらい、名前で呼びなさいよね。」

目が細められた。

「全力で頑張れ。少年。」

そう言って笑いながら去っていくバカ女の背中に俺は怒鳴りつけた。

「全力少年をなめんなよ!!」


since19 桜色舞う頃

淡い桜色は風に舞って空をけぶり、その下であった小さな別れを

桜の樹だけが見つめていた…。



私があいつにあったのは二つ前の桜の季節で、

あいつは自分に似合うと思い込んでいた優しいピンクのストライプのシャツを着て

軽やかな足取りで歩いていた。

おかしな奴。

そう思った。

そして始まった若葉の季節は彼のそばで

私のお気に入りの青いスカートが空のように広がった。

それから枯れ葉に彩られた秋は二人で赤く燃えるようなマフラーを取り合いながら

やがて来る冬を思いながら身を寄せあい、

冬には雪に覆われた外を見ながら白いシーツの上で独り小さくなっていた。

そして繰り返されるピンクと青、赤に白の季節。

それは変わらなかったのに私達は変わっていった。

三度美しい桜色舞う頃に私はあいつに別れを言った。

悲しくて切なくてありきたりな恋の別れ。

出会った時の大きな桜の樹はあの時と変わらない。

けれど、人の心は随分変わるんだね。

そうあいつは寂しそうな顔で呟いた。

またいつか、ここで会おうよと握手して別れたけど

きっと来年の桜の頃には互いにいい人と見にきてるだろう。



ふと、桜の樹を見上げる。

君だけは二人の事を忘れないでね。

そう言って私は桜色に塗り潰されるように姿を消した。



              『桜色舞う頃』 中島美嘉

since18 ただそこにある風景

今日は二駅分歩いてみたの

学生の頃にあの人と歩いた道

いつも電車から見た風景は何も変わらなくて安心してたのに、

歩いてみたら少しずつ変わっていて

それを発見するたびに雪のような寂しさが降り積もるみたい

いつも通り抜けてたいつもの門は鎖がかかってるし

照れ隠しに立地条件の悪さを笑いあってたラブホは名前が変わってた。

一軒家の前を通っても狂ったように吠えていた犬はもういない

少しずつ変わっていく風景は私の心をキュッと締めた

けど変わらないものもある

二人で一休みした駅沿いにある公園の玩具はそのままで

赤いランドセルの少女が靴紐を直しながらこっちを見てる

私を怖がらせようと自転車で逃げて私を置き去りにした

この薄暗い道も残っている

けれど寂しさは積雪5〓くらいだよ。

ねぇ、この心はどうしたらいいの?

見えるはずないあなたの家をフェンスの上から一生懸命見ようとするけど

ちっともうまくいかない

『誰だってそうなんだ。
 全ては物の見方次第だって』

あなたの言葉は素気なかった。

少し歩くと見えてくる蔦に覆われた家も相変わらず誰かが住んでいる

幽霊が住みそうなその黒い家に干された真っ白なタオルが

あまりにも対照的で笑ったら積もっていた寂しさが

風に吹かれたタンポポの綿毛のように周りに散っていった

さっきまでかけていた寂しさの色メガネが外された気分

全ては物の見方しだいなんだね

そして私はあの人と巡った、いつもの商店街で

買い物をして帰ろうと決めた春を迎える一日。





         『 ただそこにある風景』 スキマスイッチ