奥州・義経日記

奥州・義経日記

義経の研究を、私なりにしてきました。皆様と共有したいと思います。

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前九年の合戦は、1051年から1062年の12年にわたる合戦で、当時の百年間くらいは12年合戦、あるいは、奥州12年合戦と言われていた。後三年の合戦は、1083年から1087年の5年にわたる合戦であった。こちらには固有の名前がなかった。5年の前半は、清原氏の御家騒動であり、後の2年が源氏が加わった戦いであった様だ。それをどうやら、鎌倉時代になって、後三年合戦という名をつけ、源氏が加わったのは2年なのに、どうやら見栄を張って3年という事にしたらしい。こうして真実は、少しずつ、ねじ曲がっていくのだなあと思った。簡単に言うと、前九年の合戦は、源頼義とその子・義家が、安倍氏を討伐した戦いであった。後三年の合戦は、源義家が、清原氏を討伐した戦いであった。大変に残虐な、むごたらしい合戦であった。岩手大学の教授から、絵巻物も見せていただいたが、私には悲しみしか湧いてこなかった。合掌。