図書館行って何とはなしに色々見てたら水村美苗の「新聞小説 母の遺産」
があった。数ページ読んだがそれほど・・・という感想。
「本格小説」は以前読んだことがあるが絶品。
とりあえず、本好きで読んでない奴はすぐ読め。かく言う私は内容をほとんど
忘れたけど。

んで、話は飛躍して、もし私が新聞小説を書くことになったら・・・と構想を
練ってみた。(そもそも小説家になるつもりもないが)

まず、新聞という媒体を考えると時事ネタはいれたい。
そして艦コレとかヘタリアとかの擬人化というサブカルチャーの流れもいれたい。

・・・と思うとやるとしたらアレだ。そう「新聞の擬人化」だね
読売新聞は月読 売子:図体でかい。野球にうるさいおじいちゃん(老害)がいる。
産経新聞は富士産 経子:事実1割・意見9割
毎日新聞は左 マイと左 ニチ:HENTAI
朝日新聞は朝日奈 みくる:電波
・・・
メインキャラの時事ネタやあるあるネタで日常系会話を中心として
他にもキャラ立てできる新聞を参加させて、スポーツ紙・地方紙・週刊誌を
フューチャーしたりライバルにしたりして話のネタで苦しむことはなさそうだ。
タイトルはベタに「しんぶん!」とかでいいかしら

だけど、篠房六郎と伊藤計劃の「靖国刑事」以上に別の意味での危ない話に
なりそうな気がするなぁ・・・

フェンシング協会で不正経理で理事が辞任。


オリンピックが終わり総括するにはいいタイミングでの記事。

これは結構重要でマスゴミの皆さんには是非他の協会で

同様の事案がないか調べてほしい。


選手から規定よりも多く金を出させていながら「国費で

五輪にいくのだから~」と言われたらそりゃモチベーション

下がるわな。


敗因によく日本人不利のルール改正が挙げられるが

それを許した協会の不甲斐なさはもっと非難されてしかるべき。

それこそ「国費をもらいながら何をしてきたんだ」と皮肉を言われ

ても甘受するしかないよな。


上がアホの精神論者で選手がその中で健気に全力を尽くす構図

は戦中末期のそれそのままじゃねーか。しかもマスカスさんが

それを隠して戦果を大々的に報道する。

うん、戦後末期そのものだな。




話変わって、アンネの日記ビリビリ事件。

これ最初に聞いた時は単に図書館利用者の取り扱いが悪いだけ

じゃねーの?と思ってたらどうも(本来の意味の)確信犯がやって

る体で話が進んでる。

ちゃんと政治的思想の偏りの中でビリビリされているのか

政治的思想の関係ない書物のビリビリされてないのか

そういった統計をとってから騒がないと真実を見誤ると思うのだけど。

あと、ソースはあやしいところからだけど今回ビリビリされたのは

一館あたり3~5冊らしい。いくら有名な本だとしても所蔵数的に

多くね?


いつも何がしたいのかよく分からないしわかりたくないこと


アサヒの記事。


大阪都構想の内容を知っているかの世論調査で良く知らないが半数以上。

当たり前すぎてなぜ調査する必要性があるのかが分からない。

橋下市長が言うように市長選で都構想の方向性を示して当選して、具体的に

話しあおうとしたら「そもそも都にする必要があるのか」というそもそも論を

市議達にされて

橋下市長が「そういうそもそも論は平松とやって話終わってるから」と言っても

市議達が(平松をさんざん応援したのを忘れたふりして)「俺たちそんなの聞いて

ねーから」とだだこねてるから

橋下市長が「わかった。もう一回方向性をどうするか選挙しよう」と言って

市議達が「勝手にやってなpgr」という構図。


方向性はあるけど中身はまだ。それなのに「住民は何も知らない。説明汁」

と朝ひはおっしゃる。何度もいうが今回の市長選は内容の是非ではなく

方向性の是非だ。具体的な内容を知らなくても方向性の話は十分できる。

すべての制度には欠陥がある。制度スタート後も何度も見直していく必要がある。

それなのに初めから完璧な制度を求めようとすると何も進まなくなる。

何事もまずは初めてみるのが大事なのだ。

方向性として否ならば「内容説明汁」なんていらない。堂々と反論をすれば良い。


住民の半数以上がじっくり話し合いでという。それが民主主義だから正解なの

だけど今の日本はそれでいいのかい?とは思う。



田母神氏の60万票は多いらしい。

同じ右翼の石原はもっと取って都知事やってたぞ。

そうみると右傾化なんかしてないし東京のネトウヨはそこまでじゃないと

見るのが妥当じゃないか。

敵を針小棒大に表現し正当な判断をさせないというのは戦前の新聞では

よくあったと思うのだがこの新聞はまだ戦前なのだろうか。



最近のあさひの論調は「敗戦国なのだから戦勝国の言うことは聞くべし」

これ逆に言えば「敗戦国から脱するためには戦勝国になるべし」

あさひは勝つまで戦争したい戦争スキーなの?



反中憎韓の雑誌が増えた。

「中韓まんせーの反動」「産経などの煽りの結果」見方は色々あるだろうけど

『新聞・テレビが自ら印象操作を行っていることの反発』が一番近いのでは

なかろうか。

「反中憎韓の方が商売になる」と言っている方がまだ思想的に救いがある。


おひさブリーフです。しらふです。一応。

特に何にもなくピグのお庭で畑掘っておりました。


さて今回の米軍ヘリ墜落事故は特定秘密保護法

を有名無実化する可能性があるのではないかと

考えております。

前提として①大規模デモが何度も起きる(サヨ主催含む)

②マスゴミさんがキャンペーンをはる



そこでマスゴミさんが「今回の事故は特定秘密に該当

するのか」と質問します。

おそらく答えは「NO」でしょう。


では「日本政府は米軍に真相究明を求め、再発防止の

取り組みを検証するのか」

これもおそらく「YES」(実際に現段階で真相究明までは

求めてる)


そして「その検証結果は公表するのか」

これで小野寺や安部ちゃんがアホか世論にひよって

「YES」なら普通なら特定秘密にあたるであろうヘリの

構造や性能、弱点もろもろを日本政府公式で暴露する

ことになるだろう。



後は簡単。何かあるたび「あの時は公表したのに今回は

なぜ公表できないのか」と追及すればいい。そうすれば

アホかひよって特定秘密が特定秘密でなくなっていく。

要は運用者次第ってことにこの法律の問題がある。



運用者次第で付け加えるなら今回の法律の賛成者は

自民好き民主嫌いがほとんどだと思うが一応民主も

政権とったらこの法律で悪いことするぞ。(民主だから

する、というわけでなく私は自民でも当然悪いことを

するだろうと思っている)

「みんすなんかに政権は取らせない」なんて言うかも

しれんが数年後には奪還してるかもしれんぞ。



もう一度繰り返すけど運用者次第で良くも悪くもなる

というのは法律としては最悪だからな。法治の意味を

考え直したほうがいいと思う。


気を抜くと間があく・・・

 

レストランの偽装問題。

ここまでくると美食倶楽部とか味皇料理会とか必要なんじゃないかと

思えてくる。

当然、原作ではネガティブ要素も描かれているけれどそれ以上に
あぁいった巨大組織による「重み」が必要なのではないか。

民間団体であるのは前提、店同士の相互監視(今回のような偽装や
癒着防止)や料理人の質向上を目指す。
原作ではカリスマ的なトップが結局は組織をダメにするのは分かって
いるからそうならないように完全にシステマテックに運営を行う。

結構いけそうな気がする。
あとはその組織を潰そうとするリアルミスター味っ子の登場を待つ
だけだな。

正式な名前を忘れたけど守秘義務の強化の話。

アサヒがキャンペーンを張って色々書いている。
概ねその通りなんだけれど十分でないのが1つ、
語られていないのが1つ。

まずは十分でない方。
今のままだと何百年経とうが情報開示しても黒塗り
でしかでてこないということ。確かに「今」知れない
のは問題ではあるけれど、やはり外交戦術として
公開しないという主張は一定の説得力をもつ。
その折衷案なのか諸外国では一定期間過ぎたら
全面開示を行っている。
賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ、このままでは
我々は愚者にもなれない。

次に語られていない方。
知る権利とか報道の自由とか色々言うけど、今の
ままでもマスコミは知る権利を行使しているのかを
自ら問うべきだ。
そこに「報道しない自由」はないしましてや「編集権」
で言葉を濁してはいけない。今起こっていることを
伝えているのか。やるべきことをやっていないで
権利が侵されるとのたまうのは順序が違う。

本棚を買った。地べたに置いていた本もその本棚に入れられて
ひとまず部屋の掃除はひと段落した感じ。

んでもって全然違う話。国と地方の役割分担について。
朝日新聞に大雨時の避難させる基準について地方では作れない
から国がガイドラインを作れという。
予言して良い。仮に国がガイドラインを作ってうまくいかなかったら
地方は「国は地方の特性を理解していない」「地方は独自のやり方
をやる。国は邪魔するな」と絶対に言う。

こういった災害はそれこそ地方によって違うだろう。大雨が降っても
大丈夫な所があれば少量で大被害になったり、それこそ一概に
決められないし決めてはいけないものなんだと思う。

そういった意味では地方は難しい判断を下していかなければ
ならんだろう。それでも同情するのは地方がそういった責任転嫁する
のは住民の「お上信仰」のせいだろう。
ここでいう「お上信仰」はお上がなんとかしてくれるではなく一歩進んで
「お上はなんとかしなければならない」という完全お客様思考をいう。

地方は全力を出さないといけないにしても天災について責めるのは
止めるべきだ。最終的には逃げる/逃げない/逃げられない含めて
自己責任という話だと思う。
昨日は大都会に出張に行ってきたのですが
外人カップルがいちゃいちゃしていて爆発
すればいいのにな、と思いましたまる
時代の流れは速く、今この話題を出してもいいのかしら
と思いつつ書きまする。

「裸足のゲン」閲覧問題。
アサヒはひたすら「『反戦』をテーマにした良い作品。
グロ?大丈夫!小学生でも耐えられる!!」
これを抽象的に言うと「目的は手段を正当化できる」
まぁ、カルト思想ですな。
でも、アサヒのおかげで暴力表現に関してはR指定は
なくなったようです。ありがたいことです。これからは
どんな戦争賛美をテーマにしたグロマンガをかこうが
それは「表現の自由」なのですから。

え?戦争賛美の作品を子供に見せてはいけない?
でもそれでは「戦争賛美」という思想を統制している
ことになります。「反戦」しか見せてはいけないなんて
同調圧力をかけて言論統制を行っていいのですか?


まぁそれでも問題を起こした町は100点の答えを出しましたね。
つまりは反戦や戦争賛美という目的の問題ではなく、
グロか小学生に見せてよいかという手段の問題でもなく
誰が決めたかという手続きの問題にすり替えた。
手続きならば(日本では)泥沼の論争から抜け出せるから。

さっき100点て書いたけどよく考えたら作品を見せるかは
教育員会ではなく校長に移ったんだよね。
では校長が閲覧可/不可の判断は何によってされるの
だろう・・・