レセプションで貰った地図をポケットに入れて、とりあえず出発。ブランデンブルグ門にでも行くかなーぐらいのゆるさ。初の連泊ということもあって、やる気なしと紙一重の余裕っぷりです。昨日歩いたあたりはなんとなく頭に入っているので、とりあえずはチェックポイントチャーリーのあるフリードリヒ通りを直進、ライプツィガー通りを左折、という方向でシュミレーション。本当はウンター・デン・リンデン(ベルリンのメインストリートの一つ)まで突っ切った方がわかりやすいんだろうけど、そっちは帰り道にとっておくことにする。方向音痴のくせに、せっかくなら別の道通りたいとか生意気なこと考えるから迷う。

宿近くにあった何かの遺構。公園の一角を何食わぬ顔で占拠しているけど、さらーっと通り過ぎたあとで思わず二度見したほど自分にとっては異様に思えた。整備された公園、舗装された道、ベンチ、電燈、街路樹、煉瓦の門も立派で状態が良い。でも欠けてる。なにこれ不自然。おかしい。怖い。すさんだ街並みの中に崩れた建物があっても、ここまで気持ち悪くはなかったと思う。違和感の正体は、醜い状態のはずなのに、妙に小奇麗だからだ。引きちぎられたように生々しい崩れた断面と、眺めていると不安定な気持ちになる左右不均衡は、日常に溶け込ませるにはあまりに異様なのに、あえて撤去せずにこの状態に整えられているのは、やっぱりそこに意図があるからなんだろうな。戦争の爪痕、空襲の残骸。詳しいところはわからないけど、これは放置されているんではなくて、保存されているのだということは理解できた。朝から気が滅入る、なんて正直な感想は不謹慎かもしれないけれど、もしかしたら気を滅入らせるために残されているのかとも思った。センセーショナルな姿をしていないと、教訓に足を止めることもしないのは、苦いことを忘れるのが得意な人間のサガというやつか。

近くの教会の入り口脇にあった十字架。シュール、って感想は自分が非キリスト教徒だから出てくるものなのであろうか。いやでも、なんかおかしいよねこれ。

予定通りライプツィガー通りで左折し、つつがなくポツダム広場着。ごく普通の近代的な駅前。ちなみに日本人なら誰でも知ってるポツダムは、ベルリン近郊の都市です。


往時にはこのポツダム広場は壁で分断されていたらしい。上記写真で地面のタイルの色が変わっているところが、壁の痕。ちょうどその痕に沿うようにして、壁の遺構とパネルが配置されている。ついでにロシア風コスプレのおっさんが東独ビザのスタンプを押してくれるサービス(有料)もあるようだ。ちなみに、上記写真で見ると一番手前の壁、コインが埋め込まれてるのかなと思って近づいたら、なんとガムだった・・・。吐き出された色形とりどりのガムが、壁になすりつけられてくっついている。端の方なんて、上から上からくっつけられて重なったガムが何層にもなっている。何か高尚な意味があるんだったらすんません、素直にただきもちわるかった。だってこれ、風にさらされて乾燥しているとは言え、誰かの口の中で噛み砕かれた唾液まみれのガムに触れて、自分の唾液まみれのガムをなすりつけてるってことでしょ。そんで自分の唾液まみれのガムも、また見知らぬ人の唾液まみれのガムを持った唾液まみれの指で触られるってことでしょ。別に潔癖症でもなんでもないけど、素直にただ気持ち悪い。ちょっと鳥肌立った。アップの写真も撮ったけどグロいので載せない。

ポツダム広場を右折して、しばらく進んだところで、右手にそこだけ建物のない不思議な一角が見えた。なんだろあれ、と思って近づきかけたのとほぼ同時に、思い出した。例によって下調べは大体ゼロのベルリンだけど、仕事中漫然と見ていたトリップアドバイザーで写真を見かけて、ここは行かないとなと思っていた場所があった。


「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。ちょっとした公園くらいの広さの空間を、剥き出しのコンクリートの石碑がびっしり埋め尽くしている。文字もない、彫刻もないただの立方体。整然と等間隔に並んでいるのだけど、高さは不揃い。最初はくるぶしから膝下くらいの大きさなのに、中へ中へ進んでいくと、気付けばいつの間にか視界を塞ぐ高さのコンクリートに周りを囲まれていて、ぎょっとする。




これは多分、棺桶なんだろうなと思った。無記名の棺桶の森。誰のものでもなくて、誰のものでもある棺桶。怖い場所と言うのは違うし、悲惨さが伝わると言うのも正確ではない気がする。ただ静かで、無個性で、冷たい。死ぬってこういうことなのか。多分違う。これは、生きてる途中で、人生を暴力的に機械的に切り取られた人たちの墓だからだ。名前がないと、顔がないと、人を知らないと、悼めないのは薄情だろうか。あまりにも心情の寄る辺がなくて、哀悼すら拒否されている気がしたよ。

どんよりとした気分で棺桶の森を抜けだして空を見上げたら、微妙な晴れ間にメリケン国旗がはためいていた。いやあ、派手だなあ、いつ見ても。大使館?とりあえずそっち方向に進んで、ちょっと歩くとブランデンブルグ門着です。ブランデンブルグ門の裏手に出ます。そのまま回り込んでも良かったのだけど、進行方向に国会議事堂があるそうなので、押さえておきますかとひとまず門はスルーで直進。

国会議事堂。19世紀に建設された立派な建物ですが、放火事件で燃え、ベルリン大空襲で崩れ、ベルリン崩落でとどめをさされ・・・と、廃墟となっていたところを90年代に再建したという経緯なので、現代建築として人気があるらしい。上記写真じゃちょっと見えにくいけど、上のガラスドームが有名で観光客も多いようだ。写真右手にあるエントランスにはそこそこの列ができていた。現代建築はあまり興味ないのでパス。しかし今ブログを書くためにwiki見てみたら、前述の疑惑の放火事件の話とか、ライヒスタークの赤旗の話とか、なかなかに興味深くてパスしたことをちょっと後悔。ソ連兵の落書き見たかった。やっぱり下調べは大事ですね。ちなみにwikiの受け売りをもう一つ付け加えると、「国会議事堂」という呼称は、本来はドイツにおいては妙なものらしい。単純に言葉の問題で、日本国なら「国会議事堂」でいいけど、ドイツ連邦のそれに相当するものは、「連邦議事堂」になるってこと。ただ言葉の上での整合性よりも、連邦という国体になる前の歴史的な呼称の方を重んじて、「国会議事堂」と呼ばれているらしい。でもやっぱり言葉の上での整合性も捨てきれないから、正式名称は「ドイツ連邦議会の置かれた国会議事堂」らしい。生真面目な。

道を少々戻り、先ほどスルーしたブランデンブルグ門へいざ。18世紀に建設された関税のための門の名残だそうな。前日の記事で紹介した地下鉄の窓に描かれた絵はここブランデンブルグ門をデフォルメしたものだと思われる。ドイツのユーロ硬貨の裏面にもあしらわれているここブランデンブルグ門は、ベルリンの、ドイツの、そして東西ドイツ分離と統合の象徴だそうな。元々関税門の役割を担った門はこれの他にいくつも存在していたらしいが、プロイセン王(のちのドイツ皇帝)の首都ブランデンブルグに通じる門ということもあって、ベルリンの正門的位置づけになり、他の門が次々取り壊されてもここだけは残されたという経緯のようだ。分離と統合の象徴になったのはなんでかというと、東西ベルリンのちょうど境に位置していたこの門のすぐ前に、ベルリンの壁が築かれ、ここが東ベルリンの行き止まりになっていたから。壁越しに見えるブランデンブルグ門の写真は、今はポストカードになって土産物屋でよく見かける。行き止まりだから当然っちゃ当然だけど、車通りも人気も一切なくて異様な雰囲気。壁崩壊時幼児だった自分に当時のニュースの記憶はありませんが、ベルリンの壁が崩壊してブランデンブルグ門に人がごっちゃーと押し寄せてる映像は、昔々カップヌードルのCMで見た覚えがあるなあ。

ブランデンブルグ門から延びるウンター・デン・リンデンは、ベルリンの大通りの一つ。国旗はためく大使館だとか、威圧感が観光客の侵入を拒む整然とした建物が続きますが、門から続く道の真ん中は写真の通り大きな遊歩道というか小さな公園というかになっているので、心置きなく立ち止まって写真を撮れます。手前にベルリンにいちゃいけないものも見える。


やったね!パリに行かなくてもミッキーと写真が撮れるよ!このどことないコレジャナイ感はなんだろう。一時期話題になった中国のアレとでは比べるのも失礼なくらいちゃんとしてると思うのだけど。まあどちらにしろアウトだがな。しかし自分が見た限りでも2,3組がミッキーに写真撮影を求めていた。おいくらなんだろう。個人的にはこの疲れた感じの猫背がいけないと思う。哀愁漂う背中・・・。

そしてこのミッキー、寒いのかかわいこぶっているのか、上記参照の耳を抑える仕草をよくするのだけど、これがまた絶妙にイラッとくる。ちなみにウンター・デン・リンデンって菩提樹の下って意味らしいが、まあ時期的に枯れ木でした。しかも道の真ん中に立っていたフリードリヒ大王騎馬像から先ががっつり工事中。ベルリン工事中多かったなあ。

ウンター・デン・リンデン沿いにあるフンボルト大学の脇にあった、聖ヘドヴィッヒ聖堂。ピンクと赤の縞模様でペインティングされたど派手な工事用目隠しの奥に、ひっそりと薄緑の屋根が見えた。18世紀のプロイセン施政下に建設された、カトリックの教会で、ローマのパンテノンがモデルらしい。随分こじんまりだけど言いたいことはわかるような。この時代のドイツはすでに宗教改革を経てプロテスタント化が進んでいたのだけど、この教会は宗教改革後に領内に建てられた初めてのカトリック教会らしい。ウィキによると、騎馬像にもなっていたフリードリヒ大王が、獲得した新しい領土シュレジェン地方からのカトリック系移民に配慮して建設を許可した、なる経緯があるそうな。

カトリックというからがっつり装飾された内装を想定して入ったら、思いのほかあっさり系。教会というより、市民ホールや公民館みたいな雰囲気。教会って中央祭壇の向かいにパイプオルガンがあって、二つを繋ぐ真ん中の通路を残す形でサイドに椅子が配置される、って構図が多いと思うのだが、これは真ん中がくりぬかれてそのまま地下(クリプト?)に繋がる階段になっているという、なんとも面白い構造。モデルのパンテオンは地面は普通に塞がっていた気がするので、ここのオリジナル?そして構造だけでなく、照明もおもしろい。

これ。上から数珠状にランプが垂れ下がってきている。前々の中央祭壇の写真だと、タペストリー横に二本ずつ、窓挟んでまた二本ずつ、ランプが下がっている。機能性よりデザイン重視の使えないオシャレ間接照明のようだが、屋根の真ん中が天窓になっているので、暗い感じはない。夜間は知らないが。天井に穴あいているのは、ローマのパンテオンと一緒だな。

ちなみにパイプオルガンもなんか面白い形。攻撃力が高そうな。音じゃなくて銃弾飛んできそうな。



地下に降りてみた。聖堂の形に合わせて丸く椅子が配置してあって、その奥に放射線状に繋がった小部屋がいくつかあった。静かだ。

大学の前の工事用柵には落書きがたくさん。髭書いたり鼻書いたり、絶妙に低クオリティで笑った。そしてだいたいフランス語だったんだが、フランス人学生が多いのか、フランス人観光客は落書きが好きなのか、何者かによるフランスのネガキャンなのか、なんなのか。

工事中じゃない建物の方が少ないんじゃないかというウンター・デン・リンデンをなおも進んでいくと、珍しくクレーンなしの建物が見えた。人も集まっているようなので道路渡って行ってみた。手前の一団はおそらく学生さんの社会科見学か修学旅行か。それでなんとなく予想できる通り、社会的意味深いシリアスな名所。ノイエ・ヴァッヘ。元は近衛兵の収容所だったらしいこの建物は、今は戦争犠牲者のための慰霊館として使われているそう。英語の説明をななめ読みして二割くらい理解した!と思って後ろ向いたら、逆サイドに日本語説明を見つけた時のやるせない気持ち・・・。

(修学旅行生が引けば)静かな空間です。

なおも進むと川向こうにベルリンドームが。その奥にはお馴染みテレビ塔。逆側には昨日お邪魔した赤の市庁舎も見える。街歩き2日目ともなるとさすがになんとなく地理が頭に入ってくるので歩いていて楽しい。



ベルリンドーム。ベルリン大聖堂。昨日は確かこの前でカメラの充電切れたんだった。時間も充電も大丈夫そうだし、入ってみることに。全部込みチケット7ユーロ也。今考えるとむしろ安い。






きらびやかな空間、なんて言葉じゃ薄っぺらに思えるほどの豪華絢爛。しかし浮ついた雰囲気は一切なく、妥協なく豪華!妥協なく絢爛!美しいものが寄せ集まりすぎて圧迫感すら感じる。でも留まってじっくり堪能しなきゃもったいないと思わせる雰囲気。ひとしきり写真を撮って満足してカメラを下す→しばらくボケーと眺める→さっき撮った時より綺麗に見えてきて、またカメラを構える、の無限ループで、似たような写真がごっちゃり増えた。いやほんと、これはすごい。言葉を尽くすよりとにかく見て!見ればわかるから!と言いたくなる感じ。


中二階より。天井近い。クラシック聞きながら階下が見下ろせるというなんともお優雅な感じ。


さらに昇ってゆく。内装も妥協のない女子力の高さ。

普通は外に出られるもんなのかな。ここをひたすらぐるぐるしたけど屋上に続く道は発見できず、あきらめて降りてきた。目印もなにもなかったので、同じところを回っていることに気づかず無意味に3周くらいしてしまった。

階段下ってクリプトへ。棺桶が居並ぶ地下墓所。ここに埋葬されているからにはすべからく生前は高名な方々だったんだろうが、凝った装飾で飾り立てられた棺桶もあれば、ひどくこざっぱりしているのもあり、これは格差なのか、生前の意向を汲んだのか。


大聖堂を出て、せっかくだから昨日入れなかった教会へ。結構大きい。白壁と細めの柱の効果もあってか、やけに天井が高く見える。




このランプといい、一見シンプルなんだけどじんわり可愛い教会でした。しかしパイプオルガンだけ妙に豪華だ。


ベルリンはじまりの地、なんて紹介されていた聖ニコラス教会に行ってみる。双子屋根の教会。割と目立つ。二枚目はチェーン店なのか市内でよく見るベルリーナキンドルの看板と。直訳するとベルリンの子供。ベルリンの子供はビールジョッキから生まれるらしい。潔い。

正面では熊が捕まっている。

有料だった。オーディオガイド付き5ユーロ。まあ英語だけどね・・・。リスニング<リーディングな典型的日本人なので、オーディオガイドよりはまだ展示パネルからのほうが情報を収集できた。例によって空襲で崩壊して再建された系。写真じゃ分かり難いけど、天井の線はカラフルに色分けされている。理由はオーディオでガイドされてたんだろうけどイマイチ理解できなかった。ちなみに写真を撮るには別途お金がかかる。レセプションのおばちゃんが、ここからなら無料で撮れるからね!と教えてくれたので、入り口付近からのこの1枚だけ。真ん中のキリストさんとか、奥の天使とか、おそらく木製で、なかなかに見ごたえがあった。

すっかり暮れたので、今日はこのへんで観光終了。
ドミに戻ると、パキスタン人のおっさんとスペイン語話者のおっさんが話していた。かたくなに英語で話しかけるおっさんに、かたくなにスペイン語で話しかけるおっさん、の対決。おそらく噛み合っていない。ウソかホントか、パキスタン人おっさんはスペイン語話者おっさんをなぜかアルジェリア人認定していた。あのアルジェリア人には気をつけろと言われた。アルジェリアならスペイン語じゃなくてフランス語なんじゃ、と思ったけど、うんって言っといた。クッキーくれた。りんごくれた。有難いけどドミめんどくせえ。