クーさんのブログ

クーさんのブログ

歴史が好きです。アバウトで主観的な考察なので受験には役立ちません。





 
 これと言って用も無く、何年経っても「通り過ぎるだけの道」というのがあります



 県庁所在地に向かう時に通る、郊外の抜け道がありました

 それが、そういった「縁の無い道」のひとつだったのです





 その道沿いに一軒の雑貨店がありました



 いつも気にはなっていながら、何年もそのままに前を通り過ぎるだけでした



 気になった理由は、その店の看板なのです



  「松平商店」



 姓名に興味のある私は通る度に…



 「徳川家が出た、あの松平家の流れか?」

 「いや…ここら辺りは旧外様領だし…」



 と、あれこれ推量を重ねるだけでした





 それから何年も経った頃、その近辺の地形調査の依頼があったのです




 通い始めて何日目かのことでした


 その店のことを、ふと思い出した私は

 お茶の時間に、飲み物を買いに行ってみてはどうか、と思い立ちました


 そして、その店まで歩いて行ったのです




 案内を乞うと、中年の男性が出て来ました

 案に相違して、普通の地味なオジサンです



 代金を支払いながら、尋ねてみました



 「つかぬ事を伺いますが…」

 「おたく様は、何か、そのぅ…」

 「三河松平家の流れを汲んでいらっしゃるのでしょうか…」




 御主人は、私の目を見てニヤリとしました…





 「そう、お訊ねの方が多いのですが…」


 「実は『松平』と書いて…」 


 「『マツヒラ』 と訓むのですよ…」



 そう種明かしを終ると

 御主人は、呵呵と笑いました 


 


 


f


 


 ①「忠度の都落ち」


 斜陽の平家人であることの哀惜を描写した有名な一章ですね

 薩摩守忠度(ただのり)… 平清盛の異腹の末弟で、スタイリストの一面を持ち合わせていたようです

 忠度を「ただのり」と昔は普通に訓んでいたのでしょうが

 私が高校生の頃は、一部の歴史好きの学生くらいしか知る者はいなかったことでしょう



 古文の時間でした

 黒木君(県で最多の姓)が、立って朗読するよう指名されました

 それは「忠度の都落ち」の一節でした

 タイトルに、忠度(ただのり)と仮名が振ってあったので、黒木君は見開きの2ページだけはスラスラと読み進みました

 「ただのりは…」 
 「その時ただのりは…」


 しかし、どうも彼は平家物語には全く興味が無かったようです

 忠度が主人公の姓名であることすら上の空で、ただ機械的に朗読していたのでしょう…

 3ページ目を捲ると、運悪く第一行目の最初の文字が「忠度」なのでした…

 黒木君は迷わず堂々と


 「ちゅうど は!」 


 と訓んだのです

 クラスメイトはドッと吹き出しました


 黒木君が物語の哀れに何の感興も催さず、主人公の名前さえ理解しておらず、単に字面を追っていたことが暴露されたのが可笑しかったのでしょう…





 ②「O・ヘンリー」 


 ある時、若い米国人女性と話をすることがありました

 話が作家であるO・ヘンリーのことになると彼女は訊いて来ました


 「カレノ作品ノ『さいごの はっぱ』  ハ、ヨンダコトアルカ?」


 私は少し考えましたが「最後の一葉」だと思い当たると、思わず吹き出しそうになりました

 笑いを堪えている私を見て、彼女は怪訝な表情を浮かべていました




 意味に違いは無くとも、同じ文でも訓み方によって受ける印象の何と異なることか!

 まぁ、それが文学の文学たる所以でしょうが



 

 ③「現金(げんなま)に手を出すな」


 若い頃、古い映画である同作品のDVDを所持していました

 ある日、父がそのDVDに目を留めると訊いて来ました


 「それは何の映画だ?」

 「『げんきん』に手を出すな、という題名か?」


 それを聞いて、私はとても残念な気持になりました…


 ジャン・ギャバンを中心に展開する大事件、心躍るスリリングな犯罪劇だったはずが…

 あっという間に、村役場の現金横領の如く、地味で哀れな、世帯じみた出来事のイメージにすり替わってしまったのです…




  「写真はお借りしました」 



 



 今年はは早くに暑くなったのに…

 お出ましが遅いと思っていたら


 「 ハイ、こんばんは〜♪ 」







 
 実際は数日前から、各所にゲリラ出現し、家族に目撃されていたらしいのだけれど

 漸く家主に挨拶に来ましたね

 浴場に灯りが点くとやって来ます…