聴聞により
天に感謝し 確認の
拝読させていただきます。
今日も汚い言葉は、
使いません
お金が寄り付かない
からです。
妄想もしません
感謝して
生きなければ
いけないです。
南無 聖徳太子 遍照金剛
ノウ ボウ ア キャシャ キャラ バヤ オン アリ キャマリ ボリ ソワカ
設我得仏 十方衆上
至心信楽 欲生我国
乃至十念
若不生者 不取正覚
唯除五逆 誹謗正法
たとい私が天と得たらんに
十方の生きとし生ける者が
正しい生き方を聴聞し喜び
極楽に生まれたいと
思って念ずること
たとい十回の念であってもです
もし皆が生まれることが
できなければ
私は、さとりを得た天のようには
なりません
それは、」五つの罪(五逆)を
おかすものと 正しい法を
そしるような事は、おこないません。
色もなし 形もまなざす
しかれば 心も及ばれず
言葉も 絶えません
一般的な天の念には
三通りある 天の念とは
一つであるのです。
ただし信の天の念とは
一般的に神を念ずることと
同じであり行では、ありません。
1.万行随一の天の念とは
一般的な天の念とは
功徳があるので
念を称える事だけど
必ず助かると 思われている
2.万行超過の天の念も
一般的に信仰心が
あると自身の心で
思いえがいているだけで
勝れていると
称えたりしているだけの
天の念です。
3つめの自然法爾の天の念こそ
引き寄せの法則の一念で
救われていると喜び
称えさしてもらっているという
感謝の念です。
念を称える人にとっては、
「行」でもなく「善」でもない
天の念を業する生き方は、
人身受け難し 今すでに受く
正しい生き方を学び難し
今すでに学ぶ
この身今生に向かって
度せずんば さらに いずれの生に向かってか
この身を度せん。
天の念生活信条
1.天の誓いを信じ尊いみ名を
称えつつ強く明るく生き抜きます。
1.天の光をあおぎ常にわが身を
かえりみて感謝のうちに励みます。
1.天の教えにしたがい正しい道を
聞きわけて、まことの、みのりを、ひろめます。
1.天の恵みを喜び互いに、うやまい
助けあい社会のために尽くします。
天の念 依経段 訳を読ませていただいます。
はてしない天の命 帰命する
不可思議な光で南無したてまつる
古来人は昔 修行のき
世自在王のみもとにて
天の浄土な国 すべてを見
すばらしい願を建てられました
そして すべての前で誓いをおこされました
五劫もの長い間 考えぬかれました
重ねて誓う名号が十方に聞こえますようにと
皆すべてに言いました無量無辺の光
思いや言葉では、たたえつくせない光
太陽や月を超える光でチリまで照す
一切すべての光を照らし蒙る
本願の名号は、正しいおこないであり
心の底から信じるものこそ正因です
幸福な生活がさだまり
覚りの大きな涅槃をひらく
必ず生活が成就され覚りに至る
我ら人間が世に出られたのは
ただ天の本願を説くためだった
五つの濁りの悪世界の人々よ
天の真実の行を信ずべし
一たびの信心で喜びのとき
煩悩を持ったまま涅槃に入る事ができる
水や海の一味と同じように
常にまよっておさめとってくれてます
すでに無明の闇をはすと言えども
貪欲.愛欲.瞋恚.憎しみの心は
雲や霧のよに
常に真実の上におおいかぶさっている
たとえば日光が雲や霧に覆われていても
雲や霧の下では闇は無いのであります
信心を得て大いに喜びいやまう人なら
ただちに横しまの五悪趣をこえる
善人も悪人も一切のすべての人
天の誓願を念ずれば
天はこうだいな者と言いたたえます
この人を泥沼のはすの花と名ずく
天の念による天の法は
あやまっていると考える者衆生は
ただ念ずるだけでは 難しいのである
難の中の難で これ以上に過ぎたるは無し
天の念こそが人間の真をついています
神さまも仏さまも すべて同じなんです
多くの教えには違いは、ありますが
要は、どれも同じで間違いなどございません
正しい真は、心の奥底にあるので
我々には、わかる事は困難であるのです。
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天
人間は皆 天の覚りをひらくのですが
念がない者は、ひらかれない
天から放ちたもう光明は
至りとどかぬところなく
真実ないところまで照らすなり
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天
天の念の智慧の光明は限りがない
およそ有限相対の世界に住む我々は
天の光明を蒙らないものはない
真実の明知者と呼ばれる天に帰命せよ
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の
救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天の念の救いに感謝
天
光炎をもつ天の最大の第一位である
天の念の信実と呼ばれている
三悪道に苦しむ者を救いたもう
供養をうける値する偉大なる人と
呼ばれる天に帰命せよ
願わくは、この功徳をもって
すべての人々に等しく施し
同じく菩提心を発し
安樂国に往生します。
仏説聖不動経
爾時大会にじだいえ 有一明王ういつみょうおう 是大明王ぜだいみょうおう
有大威力うだいいりき 大悲徳故だいひとくこ 現青黒形げんしょうこくぎょう
持三昧索じさんまいさく 縛難伏者ばくなんぶくしゃ 無相法身むそうほっしん
虚空同体こくうどうたい 無其住所むごじゅうしょ 但住衆生たんじゅうしゅじょう
心想之中しんそうしちゅう衆生意想しゅじょういそう各各不同かくかくふどう
随衆生意ずいしゅしょうい而作利益にさりやく 所求円満しょきゅうえんまん
爾時大会にじだいえ 聞説是経もんせつぜきょう 皆大歓喜かいだいかんき
信受奉行しんじゅぶぎょう
薬師如来のご真言
オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ
恵比寿天ご真言
オン インダラヤ ソワカ
大黒天の真言
オン マカキャラヤ ソワカ
布袋尊の真言
オン マイタレイヤ ソワカ
天の念とは、人間の正しく生きる法律です。
天の念を簡潔に表すと廃悪修繕という
人間の生きていくのに大切な心に
六度万行 天の念というものがある
布施 天の念・・・親切(施しをする)
持戒 天の念・・・言行一致(一度言った事は、守り通す)
忍辱 天の念・・・忍耐(何事でも我慢する)
精進 天の念・・・努力(何事でも頑張る)
禅定 天の念・・・反省(自分を省みる)
智慧 天の念・・・修養(身をつつしむ)
抜苦与楽の人生です。
ソレト!もう1つに無財の七瀬 天の念というものががある
この無財の七瀬 天の念を心に思い続けることによって
金銭にも困ったりすることは、無いのであります。
1.眼施 天の念(温かい眼で過ごしていく)
2.和顔悦色施 天の念(明るい顔で過ごしていく)
3.言辞施 天の念(人の悪い事など言わない)
4.身施 天の念(人のタメになるように生きていく)
5.心施 天の念(心穏やか過ごしていく)
6.床座施 天の念(自の徳をゆずるように生きていく)
7.房舎施 天の念(思いやって行動して生きていく)
私は、この世間により自力のはからいによって
念ずれば、ご利益があるとは、思いません。
一心に天の救いに、おまかせさせていただきます。
このたのむ一念の時、往生浄土にして
今後の天の念で、ご恩に報いる
行であると喜び申しております。
この「信人正因 称名報恩」道理の
聴聞できることも天の念を業する方が
世にお出まし下さったおかげマタ代々
み教えを受けついでお勧め下さった
門主方のおかげあると、ありがたく存じております。
このように天の念を行ずることになったからには、
さだめられたおきてを生涯守り通す所存です。
なので
現在 生きれている というのは、
天のお守りがあり指導があるからなのです。
今日も人間らしくい生きていきます。