ちょっと違った?

たとえば、オンゾウエク。
余計な一言をいつも言う人がいる。
それに傷ついてへこんだり、やだなぁと思う。

その対処法として「明きらめる」を使うと…

うすぼんやり聞き流せばいいってことではないのかな。
「この人は余計な一言を言った」とただ認識すること?違うか?

「この人が余計な一言を言わないようになること」を不可逆的変化だととらえれば、「この人は永久に余計な一言を言う」ということになる。
それを「言わなければいいのに」と思うことは、思うがままにならないこと。
「余計な一言も愛そう」なんてできるわけないから、それも思うがままにならないこと。
「怒らずにいよう」なんてのもできないから、それも思うがままにならない。

思うがままにならないことは、思うがままにしなければいい。
それが明きらめること。

だから、余計な一言を言われたら、自然にただただ怒ることが明きらめること?!

え~
なんか違う気がする。
きっと違うんだろうな。
でも別に人格者になれとは言ってないしな。

もうちょっと考えよう。

ちょっと分かった。

このままでいいかという言葉には、現状ではだめだ。変えなければという意識が含まれている。

そのまんまでいいんだよ。という言葉には今あるがままを受け入れるという意識がある。

まさに少欲知足、明きらめると同義。

そういうことか。

人間は不完全である。

こうすれば儲かる、人格者になる、ご利益があるというのはインチキな教え。
そもそも人間は全員が不完全である。
そのあるがままを受け入れましょう。
そうすれば、生老病死、他人の欠点、自分の欠点も受け入れられる。
憤ることも、悲しむこともなくなる。
そう生きた方が幸せではないか。
それが本来の教え。

そういうこと?
かな?
このままでいいかと言われれば、それではだめですよと答えます。
そのまんまでいいんです。

…難しい。

今日覚えたこと。
何かに悩んだら、すべてのことを「明きらめる」とよい。
「明」という漢字はもともと窓から月明かりが差し込んだ様子。
つまりは煌々と明るい状態ではない。
なんでもほどほどに見た方が良く見える。
ほどほどに見れば悩み自体が見えない。


印象に残った良い言葉。
春は花、夏は涼風、秋は月、冬は雪と。考え方を変えればいつでも良い季節。
原作は誰だったか覚えてない。


また2ヶ月後。