学生時代、誰かを好きになってそればかり考えていた時期もあった。
人間らしい時間だった。
問題が出るとその時間は途端に苦痛でしかなくなった。
1人で解決できない事を考えることは、生産的でないと感じた。
2人でいて幸せが、2人でいることが私を不安にした。
不安にならないためにわたしは1人でいる事を選択した。
そして1人でも十分幸せである事を知った。
要領良く、コスパ良く、生産性高く
そんなことを大切にしていたら、フツーから逸脱した。
自分の弱さと不甲斐なさと限界を知っていると、
他の誰かを自分のために引き留める事を不平等に感じる。
こんな契約成立しねぇなぁ、と笑う。
誰かといる事も、1人でいる事も“選択した”と言う意味で同じだと思う。
それなのに後者だと逸脱者に見える。
今の時代でも平気でそう言う事をいう人はいる。
自分の事が大切で、最優先で、可愛がっているとこうなってしまうのかもしれない。
他人がワタシを振り回すのを許さない。