クリエさんのイベントで再び桜の森の上映が行われると聞いて。
複雑な気持ち。
前回の上映からもう3年。
私の中の記念碑な作品なので、前回のようにひっそりならまだしも、サマーフェスティバルだウェーイ!リクエストにお応えして上映しちゃうぜ?的な上映はちょっとなー
そりゃご新規さんにはなんとかして見てみたかった作品なのだと思う。
でも当時はDVDにならないことも込みで儚い世界観と共にお芝居というものをお芝居としてまるっと味わい尽くした思いもあって。
からはしさんがカテコやトークでことあるごとに仰るようにやっぱり劇場に行ってなんぼなんよ。
DVDが出るんなら観に行かなくてもいいか。DVDで見れたら満足。ってならないように。
劇場の座席を埋める。その一義の為に。
リクエストに応えるファンサービスがその方向に働けばよいけれど。
売れればいい。ペイすればいい。そのためのグッズ展開。多少チケット売れなくても。
ちょっと5年前の桜の森の上演時を思い出して切ない気持ち。
3月頭、パラ☆以来の観劇。どころか訳アリでチケットのあるイベントすら流してしまったこの3か月。地獄は続くよどこまでも、、、と地獄在住の女を自認していたのですが。
弥次喜多さんのDVDが届き、見られないと思っていたおんTVを見て。現実逃避の世界に戻ってくることが出来ました。弥次さん喜多さんありがとう。弥次喜多の世界の住人のみんな、ありがとう✨
地獄在住には変わりないけれど、るんるんの地獄生活ですよ
そこへ喜多さん中の人フジワラユウキさんご出演の朗読劇が大阪にやってくる。チケット販促イベ付で。ってんで、行ってきた。
四年前に推し様とフジワラさん共演したのを見て以来の。そして私をこの世界に導いた桜の森を起源とする。極上文學。
ひっくるめた感想は、失望した。
それはお芝居そのものだけじゃなくて、運営や制作サイドのことや一番大きいのは衣装に失望した。黒い衿は掛け衿といって町娘が中々着替え洗濯できない着物の汚れ予防につけていたものでそんなしみったれた貧乏くさい見栄えの悪いものを気位の高い美貌に誇りを持つ春琴が着るわけがないし佐助が着せる訳がない。物語の根幹に関わるあり得なさなのです。っぽさが出ればいい?江戸時代の娘さんはあんな感じ?それに誰も違和感を持たないことに失望。
利太郎の船場言葉もそう。まぁまぁ頑張ってたけど方言指導がつく訳じゃなし役者さんの技量ではどうしようもないんじゃない?ならせめて関西出身の役者さんにするか、いっそ関西弁の脚本や演目を諦めるか大阪公演を諦めればいい。
いや、なんでこんなに手厳しいかというと、Pさんがハードルあげるからだよ?
全国ネットな大手のテレビドラマだってあちゃーな衣装やセットや大阪弁もあるんだしまあ気になる私が神経質なんだろうて。本筋に関係ないならまぁいいか。と思えるのだけど・・・
Pさんの呟き↓
日本の文學の美しさを目で耳で、肌触りで感じていただき、その感覚をぜひ次の世代にも引き継いでください。次の世代にはまた新しい形でその文學を表現する後輩たちが現れると思います。数十年も百十数年も前に文豪たちが血肉を注いで書き上げた作品を、これから大切に楽しんでいきましょう。
って言うからにはもっと空気感まで醸して欲しい。演者さんが指先まで目線の先まで神経を行き渡らせておられるのに、衣装さんがこんなことすら知らないの?な話の根幹に関わる大ポカ。次の世代もなにも今伝えようとしているあなた方がわかってないじゃないの?
大阪弁だって谷崎文学の美しさの要素だし目で耳で肌触りでっていうのなら中途半端なエセ関西弁は話さないで欲しいし、衣装の美しさにも気を配って欲しい。
内容はね。良かったんだ。クライマックスは泣いちゃったしね。だけど、開演前の鶯たちのパフォーマンスが美しくないし長いのf(^_^; 極上マニアさんには楽しいみたいだったけど私は好きじゃない。そしてアカマコーナー。全く好きじゃない。
まあそこは好みの問題だから、いいのよ、いいのかな?まあ次見に行かないからいいのよ。
なんかもったいないなー、って残念な思いばっかりなお芝居でした。
お目当てのフジワラさんは非常に良かったです。初め出てくる辺りは少年らしいし、とんでもないことでございます。のところは棒読みだし。(言わされてる感が出てた)目を潰してからは喜びにうち震えるのが見てとれるし。
春琴の方はいつまでも子どもっぽくて、私はもうちょっと凛とスンとしていて欲しかったのだけれど、それはそれで可愛らしい我が儘お嬢様でした。原作の印象より小悪魔でした。
鶯が、思いの外出番も多くいい声で、Gロッソマングリーンだなんて印象ふっ飛びましたf(^_^;
利太郎さんも船場言葉がまずいのを除けば立居振る舞い目線まで色気のあるぼんちぶりでお声も良くて素敵でした。
私役の方もグッと空気を作られるので一気に世界に引き込まれました。
生演奏も素敵でした。三弦の稽古をピアノで表現するのが初めこそ違和感があったのですが緩急自在の生演奏ならではの良さ。途中で気にならなくいや逆にとてもマッチしていたように感じました。
そんな訳で板の上にはなんの不満もなかったぶん、周辺がなんだか残念でならない久々の観劇でございました。
あと、やっぱりあえて朗読劇にすることと、マルチキャスト、の良さが、私にはわかりかねます。
弥次喜多さんのDVDが届き、見られないと思っていたおんTVを見て。現実逃避の世界に戻ってくることが出来ました。弥次さん喜多さんありがとう。弥次喜多の世界の住人のみんな、ありがとう✨
地獄在住には変わりないけれど、るんるんの地獄生活ですよ
そこへ喜多さん中の人フジワラユウキさんご出演の朗読劇が大阪にやってくる。チケット販促イベ付で。ってんで、行ってきた。
四年前に推し様とフジワラさん共演したのを見て以来の。そして私をこの世界に導いた桜の森を起源とする。極上文學。
ひっくるめた感想は、失望した。
それはお芝居そのものだけじゃなくて、運営や制作サイドのことや一番大きいのは衣装に失望した。黒い衿は掛け衿といって町娘が中々着替え洗濯できない着物の汚れ予防につけていたものでそんなしみったれた貧乏くさい見栄えの悪いものを気位の高い美貌に誇りを持つ春琴が着るわけがないし佐助が着せる訳がない。物語の根幹に関わるあり得なさなのです。っぽさが出ればいい?江戸時代の娘さんはあんな感じ?それに誰も違和感を持たないことに失望。
利太郎の船場言葉もそう。まぁまぁ頑張ってたけど方言指導がつく訳じゃなし役者さんの技量ではどうしようもないんじゃない?ならせめて関西出身の役者さんにするか、いっそ関西弁の脚本や演目を諦めるか大阪公演を諦めればいい。
いや、なんでこんなに手厳しいかというと、Pさんがハードルあげるからだよ?
全国ネットな大手のテレビドラマだってあちゃーな衣装やセットや大阪弁もあるんだしまあ気になる私が神経質なんだろうて。本筋に関係ないならまぁいいか。と思えるのだけど・・・
Pさんの呟き↓
日本の文學の美しさを目で耳で、肌触りで感じていただき、その感覚をぜひ次の世代にも引き継いでください。次の世代にはまた新しい形でその文學を表現する後輩たちが現れると思います。数十年も百十数年も前に文豪たちが血肉を注いで書き上げた作品を、これから大切に楽しんでいきましょう。
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って言うからにはもっと空気感まで醸して欲しい。演者さんが指先まで目線の先まで神経を行き渡らせておられるのに、衣装さんがこんなことすら知らないの?な話の根幹に関わる大ポカ。次の世代もなにも今伝えようとしているあなた方がわかってないじゃないの?
大阪弁だって谷崎文学の美しさの要素だし目で耳で肌触りでっていうのなら中途半端なエセ関西弁は話さないで欲しいし、衣装の美しさにも気を配って欲しい。
内容はね。良かったんだ。クライマックスは泣いちゃったしね。だけど、開演前の鶯たちのパフォーマンスが美しくないし長いのf(^_^; 極上マニアさんには楽しいみたいだったけど私は好きじゃない。そしてアカマコーナー。全く好きじゃない。
まあそこは好みの問題だから、いいのよ、いいのかな?まあ次見に行かないからいいのよ。
なんかもったいないなー、って残念な思いばっかりなお芝居でした。
お目当てのフジワラさんは非常に良かったです。初め出てくる辺りは少年らしいし、とんでもないことでございます。のところは棒読みだし。(言わされてる感が出てた)目を潰してからは喜びにうち震えるのが見てとれるし。
春琴の方はいつまでも子どもっぽくて、私はもうちょっと凛とスンとしていて欲しかったのだけれど、それはそれで可愛らしい我が儘お嬢様でした。原作の印象より小悪魔でした。
鶯が、思いの外出番も多くいい声で、Gロッソマングリーンだなんて印象ふっ飛びましたf(^_^;
利太郎さんも船場言葉がまずいのを除けば立居振る舞い目線まで色気のあるぼんちぶりでお声も良くて素敵でした。
私役の方もグッと空気を作られるので一気に世界に引き込まれました。
生演奏も素敵でした。三弦の稽古をピアノで表現するのが初めこそ違和感があったのですが緩急自在の生演奏ならではの良さ。途中で気にならなくいや逆にとてもマッチしていたように感じました。
そんな訳で板の上にはなんの不満もなかったぶん、周辺がなんだか残念でならない久々の観劇でございました。
あと、やっぱりあえて朗読劇にすることと、マルチキャスト、の良さが、私にはわかりかねます。
こんなに苦しんで、やっとちょっと浮上してきてるのに、まだ追いかけてくる。
毒親。
しかも自称認知症。
親の情緒まで背負えるかっての。
毒親。
しかも自称認知症。
親の情緒まで背負えるかっての。