《拿什么拯救你,我的愛人》何もて君を救わん、我が愛しき人よ 54
第十五章(2)
花臉は、龍小羽の事を話し出すと、終始滔々と喋り立ててきりが無く、眼は終始充血を帯びて潤んでいた。韓丁と羅晶晶が劇場を出て、街外れに佇み、空に低く垂れた夕日を眺めていると、耳元で重苦しく擦れた声がまだ響いている様な気がした。その音は二人の気分をずっしりと重くさせた。少なくとも韓丁の心の中での龍小羽に対する見方には、「百年紅」の工場長とこの李という姓の花臉の叙述を聞いた後に本質的な変化が有った。彼はこれについて、龍小羽が人殺しをしていないと断定した訳では決してないが、龍小羽はもしかすると本当にとても好い人間であるのかも知れず、さもなくば、こんなにも多くの人が彼を好い奴だという訳がないし、羅晶晶がこうまで奴を愛する筈がなく、彼が四萍を殺したことが本当だとしたら、本当に何か特別な事情、特別な理由が有ったのかも知れない!と思った。
彼等は屋根の上の血の如く真っ赤な夕日の下をゆっくりと戻り、自分たちの影が益々長くなっていくのを目にしながら、誰からも話をする気にはなれなかった。太陽が地面に投げかける光線が次第に冷たくなっていき、河面の微風も些か骨身に沁みる寒さを帯びてきたが、韓丁の身体からは相変わらず虚熱が引かなかった。彼は既に自らの思いが果たして戸惑いなのか、懐疑なのか、それとも茫然自失なのかをはっきりと見分けることが出来なくなっていた。
この日の夕方、彼等は街でそそくさと何かを食べ、それを夕飯替わりにし、河辺のその小さな旅籠に戻った時、空は既に暗くなっていた。彼等が旅籠の玄関を入るや、フロントのウェイトレスが彼等に声を掛けた:
「あんた達、二階の三号室ですよね。あんた達を訪ねて来てる人がいます。」
フロントの右側の壁際の長椅子に、二人の女が坐っていて、一人は十六、七歳の田舎顔をした小娘で、もう一人は痩せた小柄の中年女性である。その中年女性はしんどそうに小娘に支えられながら立ち上がり、病弱し切った眼差しを韓丁に向かって投げかけた。
韓丁は、これが即ち彼がかつて平嶺の裁判所で見かけた祝四萍の母親であると見分けがついた。
四萍の父親が韓丁の身体に残した痛みがまだ癒えてはいないからなのか、四萍の母親を一目見るや、韓丁はやはり無意識に緊張し、警戒心を持って左右を見廻し、入口の広間の内外にこの二人の手に鶏を握る力もない女たちを除いて外に暇人がいないのを見て取って、やっと彼女たちの方に歩み寄りはしたものの、祝四萍の母親のことをどう呼ぶべきなのかを知らなかった。
「あなた……わたしをお探しで?あなたは四萍さんのお母さんですよね。」
四萍の母親は杖をつき、もう一方の腕をその娘に支えられながら、前に一歩進み出て言った:
「あなた、……は北京の弁護士さんで?」
「そうですが。なにか私にご用で?」
四萍の母親は韓丁の側の羅晶晶を一目見て、何かを言おうとして又それを止めた。韓丁はこう紹介した:
「彼女は私の助手で、私にご用なら、部屋に行って話しませんか?」
韓丁はふとこの女性がリューマチ持ちであることを思い出し、彼女の足を見ながら言った:
「上に上がっても大丈夫ですか?」
四萍の母親は前の方に身体を移動させ、身を震わせながら言った:
「……大丈夫です。」
韓丁の部屋までは一つの階段が有るだけだったが、四萍の母親は上がるのにとてもゆっくりで、骨が折れたので、羅晶晶とその小娘が左右で支えながら、一歩一歩ゆっくりと上がっていき、韓丁の部屋に入った。部屋の中には仄暗いスタンドが灯っているだけで、四萍の母親とその小娘はベッドの上に腰掛け、顔は何れも灯りの下の陰影に沈んでいた。
四萍の母親か先ず口を切った:
「あなた方が今日我が家に来られたことを私は知ってます。後からあなた方がここに泊まっているのを見たと隣近所の者が言うのを聞いて、その家の子に支えて貰って来たんです。わたし……あなた方に一目会いたくて、さっき四萍の父親が酒を飲みに出かけていったんで、こうして来てみたんです……」
韓丁は頷き、優しくこの酷く病弱な母親に向かって頷きながら言った:
「あなた……あなたがわたし達を訪ねて来られたからには、何かおっしゃりたい事がお有りなのでは?」
四萍の母親の生命力を欠いた眼差しは韓丁の顔の上でしんどそうに震えた儘、彼女は哭きを帯びた声で言った:
「私……私は、小羽、小羽という子が一体どうなってしまったのか知りたいんです。彼はこれから、これからどうなるんです?」
韓丁は口を半分開いた儘、何を答えれば良いのか分からず、その瞬間、彼はこの女が訊ねた事に非常なまでの疑惑を感じた。彼は四萍の母親、この殆ど寝床から下りられない女が、その夫に隠し立てまでして、人に支えて貰いながら一歩一歩ここまで歩いて来て、それに階段まで上がったのは、彼女の娘の祝四萍の為ではなくして、彼女の娘を殺害した容疑を掛けられている殺人犯の龍小羽の為であったとは夢にも思わなかったのである。韓丁は殆ど自らの身分を忘れ、殆ど覆い隠す術も無く自らの心の中の大いなる驚きと訝りを露わにしてしまった。
「龍小羽?あなたは龍小羽の事を気に懸けているのですか?彼はあなたの娘さんを殺害した犯罪の容疑者なのですよ……」
四萍の母親は小さな声で哭き出した:
「彼がどうして四萍を殺したりする筈があるんです?彼は四萍にとても良くしてくれてたんですよ。私に対しても……とても良くしてくれてましたよ。私が病気で地面に下りられない時、全て彼が私の世話をしてくれ、私にご飯を拵えたり、着物を洗ってくれたり、病院までおんぶしてくれたりと、彼がいなかったら、今でもまだ下りられずにいたでしょう。彼はまるで息子みたいで、実の息子でも私にそこまでよくはしてくれなかった事でしょう……彼はわたしと一緒に暮らし、毎日私の事を母さんと呼んでくれて……彼が私を母さんと呼んだのは、彼には母親がいなくて、私が彼にとっちゃ母親だったからなんですよ!彼がどうして四萍を殺したりする筈がありますか?私には信じられませんよ!私は彼と約束したんです。今後彼が四萍とダメになったとしても、私が彼を息子にするから、私の息子になって欲しいってね!彼は四萍と上手くいかなくなったからって、彼女を殺す必要なんかないんですよ。小羽はそんな子じゃありませんよ……」