ギンズブルク&ゴリデンヴェイゼルのラフマニノフ《幻想的繪畫》
Sergei Rachmaninow
Сергей Васильевич Рахманинов
《Fantasie-tableaux》/《Картины-фэнтези》
Suite pour deux pianos no 1 sol mineur Op.5
Suite für zwei Klavier Nr.1 g-moll Op.5
今日採り上げるのは、ラフマニノフの2臺のピアノの為の組曲第1番《幻想的繪畫》ト短調 作品5です。
此の曲は、ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフが1893年に作曲したピアノ・デュオ曲で、《2臺のピアノの為の幻想的繪畫》とも呼ばれています。
初演は1893年11月30日にモスクワに於いて、ラフマニノフ本人とパーヴェル・バプストのピアノで行われ、曲はチャイコフスキーに獻呈されてています。
因みに、チャイコフスキーは初演を聽く約束をしていたものの、其の5週間前に他界してしまっています。
樂曲は4つの樂章から成り、夫々の曲にはラフマニノフには珍しくもエピグラフが添えられていて、此れ等は樂譜の各樂章の冒頭に印刷されています。
第1樂章
アレグレット、ト短調、4分の3拍子。
「舟歌」Barcarole(ミハイル・レールモントフ)
- おお、涼しい夕べの波が、
- ゴンドラのオールを靜かに打つ。
- ―あの歌が又! 又ギターで鳴る!
- ―遠くで今は、憂鬱そして又幸せに、
- 聞こえるのは古い舟歌の響きか、
- 「ゴンドラは水面を滑り、
- 時も愛とともに飛び去る、
- 水はふたたび穩やかに成り、
- 情熱は最早高まらない」
第2樂章
アダージョ・ソステヌート、ニ長調、4分の3拍子。
「夜―愛」La Nuit-L'Amour(ジョージ・ゴードン・バイロン)
- ナイチンゲールの高い囀りが
- 枝から聞こえる時刻に、
- 戀人同士の誓い合う囁きが、
- 穩やかな風や近くの水音が、
- 孤獨な者の耳に音樂となる。
第3樂章
ラルゴ・ディ・モルト、ト短調、4分の4拍子。
「涙」Tears(フョードル・チュッチェフ)
- 人の懸念、おお、人の涙!
- お前は朝から晩まで流れ、
- 人知れずに、目に見えずに、
- 無限に、無數に流れる、
- まるで土砂降りの雨の樣に、
- 秋の夜の深遠の中に流れる。
第4樂章
アレグロ・マエストーソ、ト短調、4分の4拍子。
「復活祭」Paques(アレクセイ・ホミャーコフ)
- 強大な鐘の音が大地を越えて鳴り、
- 大氣の全ては嘆き、慄き、苦しむ。
- 美音の銀色の雷鳴は、
- 聖なる勝利の知らせを告げる。
今日紹介させて頂くのは、グリゴリー・ギンズブルクとアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルのピアノ・デュオに由り1952年に行われたセッション録音です。
ギンズブルクは1904年にニジニー・ノヴゴロドに生まれたユダヤ系ロシア人ピアニストで、母親からピアノの手解きを受けた後、モスクワ音樂院にてアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルに師事し、1927年に第1回ショパン國際ピアノコンクール(ワルシャワ)に於いて第4位入選を果たします。蘇聯でも屈指の演奏家の一人と認められる樣に成り、度々西歐に演奏旅行を行うと共に、1929年にモスクワ音樂院の教授に就任して同校の名譽教授の一人に數えられました。
ギンズブルクのタッチは、フランツ・リストの樣な19世紀のヴィルトクオーゾの傳統に繫がっているとされ、レパートリーは折衷的であったものの、《ロッシーニの主題による幻想曲》の樣に、數々のトランスクリプションを遺しています。
ゴリデンヴェイゼルは、1875年にベッサラビアに生まれたロシアのユダヤ系ピアニストで、モスクワ音樂院でピアノをアレクサンドル・ジロティとパーヴェル・パプストに、作曲をタネーエフとアレンスキー並びにイッポリトフ=イワーノフに學んでいます。1904年からからフィルハーモニー協會附屬學園の教授を務め、1906年由り母校モスクワ音樂院でも教鞭を執り、1922年から1924年迄、及び1939年から1942年迄は院長も務めています。門弟にサムエル・フェインベルクやグリゴリー・ギンズブルク、タチアーナ・ニコラーエヴァ、ラザーリ・ベルマン、ニコライ・カプースチンが居ます。
ヴラヂーミル・ソフロニツキーがスクリャービンの後繼者と呼ばれ、輕やかなタッチと自由奔放なリズム感覺、幽玄な音色を特色としているのに對して、ゴリデンヴェイゼルは硬質なタッチとイン・テンポによる安定したリズム感とやや遲めのテンポ設定、旋律を纏綿と歌い上げる傾向においてラフマニノフの演奏樣式に近いと云えましょう。スクリャービンの《幻想曲ロ短調》作品28の初演者であり、又晩年のレフ・トルストイと非常に親しく(最期も看取っている)、回想録も著しています。
ラフマニノフ自らのピアノ演奏が遺されていないのが殘念至極ではありますが、ラフマニノフのもう一つの組曲である2臺のピアノの為の組曲第2番がゴリデンヴェイゼルに獻呈されている事や、硬質なタッチとイン・テンポに由る安定したリズム感もて旋律を纏綿と歌い上げるというラフマニノフの演奏樣式に近いとの評價からして、師弟共演と成る此の演奏は、何はともあれ一聽の價値有るものと云い得るのではないでしょうか?
此の師弟は1948年にも同曲の録音を行っていますが、音質的な聽き易さと謂う點から、此の1952年の者を選ばせて頂いた次第です。
演奏メンバーは以下の通りです:
Grigori Ginsburg&Alexander Goldenweiser (Klavier)
Григорий Гинзбург / Александр Гольденвейзер
(1952)