I am home..

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手探りで進む毎日を綴っています。

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12/12(37w2d ) 2422gで生まれた我が子は
3日目の朝まで保育器に入りました。

そして、体重が2500gを超えた12/25に
NICUを退院しました。

私の退院から1、2日退院が遅くなりそうといわれていましたが、
なかなか体重が増えずに、どんどん退院日が伸び…

入院中は病室からNICUに通いました。入院後半には、夜中を除いて娘の授乳時間にできるだけ毎回行きました。
退院後は自宅から、搾乳した母乳を持って、1日1回授乳時間に合わせてNICUに通いました。
NICUで、授乳、沐浴、綿棒刺激など、指導してもらいました。

産後、数日経ってマタニティブルーのようになり、
ちょっとしたことで涙が出だしました。
産後は貧血があり、鉄剤を処方されるほどだったので、
非常に顔色が悪く、家族や親戚から心配されていました。
そんな状態だったので、母子同室になっていたら大変だったな〜なんて、はじめは思っていました。
でも、授乳室で搾乳するようになると、
母子同室の母子に囲まれながら、
一人出ない母乳を一生懸命絞る自分が虚しく感じました。

夜も、退院するまでの6日間は、ハイになっていたのか、あまり眠れない日が続きました。
夜中も早く目が覚めてから眠れなかったり、明け方まで眠れなかったり…ふとすると出産した時のことをずっと思い出していました。
産前、切迫早産で入院中は、1日に何度も看護師さんが健康観察に来てくれていましたが、産後はそこまではなく、
病室に赤ちゃんもいない私は、ほっとかれている気もして悲しくなってしまう時もありました。

自分の退院日には、娘と離れることが悲しくて不安で可哀想で申し訳なくて。
NICUで人目も憚らず涙。
私が早く産まれてもいいや〜なんて思ったからだと、
自分を責めたりもしました。

それから、NICUに通って娘を眺めているだけでも、涙が出るようになり、NICUの看護師さんに心配されました。
本当は朝から晩までNICUにいたかったけど、
体調もあるし、親が産後の安静を気にしていたので、
なかなか長居もできず。
娘が退院すると、気持ちも安定しました。

娘は、小さかったからか吸う力が弱く、
まだ出ない母乳を吸う練習をすると、その後のミルク中に疲れて眠り、ミルクを残してしまうことも多くありました。
でも、きっと自分のせいだと責めないようにと、看護師さんは「やっぱり母の抱っこは違いますね〜母の抱っこは心地よいね〜」と言ってくれていました。
その配慮がすごく嬉しくて、でも疲れてしまったからなんだろうとはわかっていて、複雑な気持ちがたくさんあって、
病室で主人にその話をすると涙が出ました。

母乳も乳首を直接吸う力がなく難しく、乳房にゴム乳首を当てて吸ってもらうが、ほとんど飲めてはいなかった。
自分の退院後、母乳マッサージも二回行きました。
結局、直哺ができたのは、1ヶ月と10日程経ってからでした。

NICUに行ったり、人が面会に来たり、
そして産後すぐから5日間、看護学生の担当を受け入れたせいで、夜中眠れなくても日中ベットで眠るということもできず、
体はきつかったです。
でも、母子同室のお母さん達に比べたら楽なんだから、と、言い聞かせていました。

今は、娘は5ヶ月を過ぎ、
可愛くて大好きで、でもたまにイライラしちゃったりしながら、
幸せな毎日を過ごしています。
でも、切迫早産で入院〜出産〜NICU〜娘の退院までのことを思うと、
マタニティブルーは収まったとは言え、
涙が出ることもあります。
自分にとって人生最大の様々な出来事を経験し、
そこで産まれた娘が大切な大切な宝物だから、
涙が出ます。