いよいよ運命の手術日です。
この日は兄も私もお休みをもらっていましたので、朝から病院へ。
病院に到着すると、すでに手術着に着替えていて、何やら白いストッキングのようなものをはかされていました。
足の筋肉を維持させるために履かないといけないとのことで、本人はかなりむずがゆがっていたのですが、忍の一文字です。
どうせ手術したらそれどころじゃなくなるしね。
朝先生もやってきて寝られたか聞かれたのですが、やはり寝られなかったと一言。
「なかなか手術前は緊張するからねー。」
と話す先生にさらに一言
「いや違う。普段夜は物音ひとつしない静かな田舎で暮らしているので物音が気になって眠れない」
と主張し、先生が絶句する一コマもありました。
そのころの私と兄が感じていたのは・・・・
・・・先生、親父に風邪ひくな体調ととのえとけっていっといて、自分がぐしゅぐしゅ言ってんじゃん・・・大丈夫かいな・・・・
でした。
ええ。なぜか先生鼻声だったもんですから(笑)
そこから手術室まで自分の足でしっかり歩いていくのを見送り、あとはひたすら待機ですよ。
こーれが長かった・・・。
何かあるといけないから、とにかくだれかは居てくれとのことで、朝9時15分から兄夫婦と三人が待機室へ。
途中、友人の見舞いに行ったり食事を交代でとったりしていたわけですが、予定は8時間と聞いていたので、まぁ、焦っても仕方ないし順番に本を読むなどしながら待ちます。
待って待って
予定時刻の17時少し前でしょうか、カンファレンス室に呼ばれ兄夫婦と入ると、先生の助手の方が説明に来てくれました。
「手術自体は順調です。ただ、とても丁寧に作業しているため、予定より時間がかかっています。今あと2/3が済んだところなので、まだかかりそうです」
とのことでした。
まぁ、多分押すだろうねーと予想はしていたのですが、まだ1/3残ってるの??
いつごろまでかかりそうか聞くと、ちょっとはっきりしたことはわからないけど、少なくともあと1時間以上はかかるとのこと。
こりゃ19時だねーなどとブツブツ言いながらも順調と聞いて安心しました。
そしてそこからがまた長かった・・・。
朝から入っている間に、手術患者の家族の方たぶん6組くらいは見送ってたと思いますが、室内には電気がともされ、最後に残ったのは私たち家族のみ。
その後も何度か同じ助手先生が進捗状況を教えに出てきてくれて丁寧に対応してくれたので、不安はないのですが、とにかくとにかく押しまくりました。
「終わりました。まはろさん顔見られますか?」
そう言われたのは、手術からたっぷり11時間後の20時15分。
手術室から出てきた父は、まだ麻酔が効いているのかぼーっとした状態。頑張ったね!よかったね!!と声はかけるのですが、後日本人に聞くとまったく覚えてないとのことでした。
ちなみにむしろ私たちも待ちつかれてぼーーーーーっとなってました。
そこから、今度は病室へ戻り、術後の処置が始まりました。
これにさらに1時間くらいかかったかなぁ。
その後、ようやく先生からの説明があって、とにかく順調に予定どおりの手術であつた報告が終わり、兄夫婦を見送ったのは23時近かったです。
手術後の父の体からは、まずしばらく嚥下できないため、栄養を鼻から胃にいれるための管、口のかわりに呼吸をするための永久気管孔となる首に酸素吸入の管、左右2本ずつ計4本の首から出ているドレーン、右腕と左腕に二本ずつの点滴、導尿のためのカテーテルと、まぁ、よくこんだけつなぐなぁってぐらいの管が通ってました。
高齢になると、まれに自分がどうなっているかわからなくなり、管を引き抜くことがあるらしく、
他はともかく鼻の管は一度抜けたら二度といれられない。食事ができない間、胃に栄養をいれるためのものなので、やばそうたったらちょっとしばるなどと言われます。
そんなわけで、手術後しばらくは家族に泊まり込みで見ていてもらった方がよいとの意向がありましたので、とりあえずこの日の夜は私の当番です。
そういえば以前腰の手術をした時の術後当番も私だったよなぁ。あのときは徹夜で隣の県から車飛ばして帰ってきて仕事だったからまだそれよりはマシだよねーと思いつつの付添。
ここからは体力と気力の勝負だと気合をいれなおしたものの・・・
まぁ、覚悟はしてましたがヘビーでしたよ。
最初の関門がつば。
つばを飲んだらダメなので、ティッシュに吐き出さなきゃだめなんです。
動けないから吐き出そうとすると拭わないといけない。
さらに声が出ないので意思の疎通ができない。
術後なので、患部が出血していて、血液の混じった痰やら唾液やらよくわからない体液を割と大量に吐き出す。
当然痛いので痛みどめもいる、でも6時間おきでないと処方できない。紛らわしたいけど寝返りだめ、首を半円に切ってホッチキス止めしている状態だから、上を向くことができない。これが延々続きます。
体温や脈拍の確認点滴の交換などで、看護師さんも夜通し行き来するしで、本人もですが付添もまったく休めないと思った方がいいかと。
なかでも、げぼげほ血を吐かれるのが慣れるまでショッキング。
よっぽど苦しいと看護師さんが吸引してくれるのですが、これが普通ですから大丈夫って言われてもビビりますがな。
大概のことは弱音を吐かない父なのですが、さすがに相当こたえたんでしょう。
筆談で、この状態はいつまで続くのか、朝になれば少しは楽になるのかと聞いてきました。
いやまだ続くだろうそれはと思いつつも看護師さんに聞きに行くと
「耳鼻咽喉科の手術の中でも、簡単な部類の手術では決してありません。相当大きな手術でしたから、すぐよくなるとは言えないです。ただ朝になればもしかしたら少し楽になるかもしれないですが・・・」
と精いっぱいの言葉をくださいました。
もうね、内心無理だよ。そんなすぐよくならねーよと思いつつも
「とりあえず朝まで頑張って」
と言うしかないですよ。
そんなこんなで明け方になりようやく少し落ち着き、へとへとでしたが、やってきた兄とバトンタッチして出勤ですよ。兄いわく、大概動じない私でもこの日の朝は涙目だったとのことで、弱ってる家族のそばにいるのは本当に大変なことだと、
身をもって実感しました。いやはや私、頑張ったよ。
いま頑張ってるみなさん、おつかれさまです!!