先日、父健次が入院したと言う連絡が入った。
今、生き死にに関わるわけではないようだったのですが、弟に「帰った方がいい?」と聞くと「できたら・・・」と言う返事だったので・・・見舞う事にした。
基本、うちの家族は全員が自立している。
と、言うか始末が良いタイプなので他者を巻き込まない。
だから余程の事がない限り、私には連絡して来ない。
うちの家族は父と父の内縁の妻・・・・まぁ連れ合いですな。
それと弟と私。
この4人なのですが、全員が別々の場所に住んでいて、独居である。
父健次は私が育った大阪の実家に一人で、
弟は実家から一時間くらいの所の仕事場の近くのマンションに一人で、
私は東京に一人で、
父の連れ合いは九州の実家で年老いた両親を介護中。
この連れ合いは、もうかれこれ30年くらい父と連れ合っている。
籍は入っていませんが、事実上の夫婦。
まぁ内縁の妻と言う事ですね。
以前は一緒に住んでいた時期もあったのですが、現在は一か月に一度、一週間程度帰ってくるのみ。
彼女の年老いた両親が両方とも痴呆で寝込んでいて、その介護をしているからだ。
また彼女自身も乳がんの手術やら、椎間板ヘルニアの手術やらで満身創痍状態なので、一か月一週間程度滞在が限界のようですね。
それでもよく一か月に一度、父の事が心配で帰ってくる。
余程、父に愛情を持っているようですね。
まぁ、人とつるむのが苦手で孤独と自由が好きな人間が集まった集合体なんです。
まして私と父は血縁関係はない。
もちろん父の連れ合いの美智子とも無いし、弟とも半分しか血は繋がっていない異父姉弟。
弟も本当に父と血が繋がっているのか、今となってはわからない。
まぁあやふやな家族と言うわけです。
私は母道江の連れ子として、父健次の籍に入った。
道江はさっさと50才になる前に自ら命をたった・・・・
今、使用している氏名は健次の名字。
恐らく、私はこの名字で死んでいく事になるだろうから、血縁関係のない家系の名字だけど、何か深い深い縁があってこの名字を使うカルマがあったのでしょうね。
そんなこんなで絆が細い家族であるのですが、何かあれば必ず連絡しあう関係があると言うのはなんだか、私的にはありがたい。
しがらみが殆ど無い生活を送っているので、時々あるしがらみが、なんだかありがたくも感じるのです。
人間稼業らしいと言うんでしょうかね(笑)
淡々と黙々と生きているだけでなく、何か色があると言うか・・・そういう感じが新鮮でうれしい。
健次は今までも入院した事が何度もあった。
しかし帰ってきて欲しいと言う言葉は誰からも一度もなかった。
弟は私に気兼ねしている事もあっただろうし、私が帰ってくると色々と面倒だと言うのもあって今まで言わなかったのだと思うのですが、今回は素直にお父さんに顔を見せてあげて欲しいと弟からメールがきた。
見舞うと父は案外元気そうだったが、酸素吸入がないと血中の酸素濃度が低く、自力で正常値までも言っていくのは困難な病状になっている。
なので退院できたとしても在宅酸素が必要になる。
通常90後半くらいの酸素濃度で私達は生活しているが、父は肺気腫があるため、通常でも90代前半。
ただその酸素濃度で慣れているので、息苦しいさを感じながらも普通に生活ができていた。
今回、酸素濃度が80を切ろうとしていた。
普通なら呼吸器をつけないといけないレベル。
それを4日間も我慢していたそうだ。
風邪をこじらせたようですね。
で、息苦しいのがひどくなり、はぁ~はぁ~青色吐息( ゚Д゚)状態で自分で歩いて近所のかかりつけの医院に行ったら、入院するように勧められた。
さっさと救急車呼べばいいのに・・・・(^_^;)と私は思うのですが・・・・
案の定、その医院には入院設備がないので、以前に入院した事がある病院に連絡をとってもらい、そこに行くことになったらしい。
父は息苦しくてはぁ~はぁ~青色吐息(*´Д`)状態で、また、そのまま歩いて自宅に戻り、自分で入院の準備をした(笑)
救急車呼んで・・・・(-_-メ)私の心の声
ご丁寧にも入院中に読む本などもカバンに詰めて・・・・・
大きなカバンを二つ持ち・・・・
大通りまで歩いて・・・・
タクシーをひろい・・・・
自力で病院に向かったのです。
それも2時までに来てくださいと、入院先の病院は父をせかした。
なので父は慌てて準備したと・・・・・
息が苦しくてしんどかった~~と笑って言ってました。
父健次は本当に人に迷惑をかけないように生きる始末の良い人のようです。
健気過ぎてその話を聞いて涙が出そうになりました(´゜д゜`)
結局、健次は弟にも私にも連れ合いの美智子にも連絡をせず、自力で入院。
弟が入院を知ったのは、病院からの連絡で知ったらしいです。
そして翌日、弟が私と連れ合いの美智子に連絡。
私が病室に行くと、健次は老眼鏡をかけ本を読んでいました。
24時間の点滴と、酸素チューブに繋がれて、トイレにはいけず、ベット脇にある尿器で排尿をする状態。
少し話をすると咳こみ苦しい様子。
弟にも私にも心配かけて申し訳ないと仕切りに言っている。
せっかくの休みやのに悪かったな~と…
なんだか切なくなる。
いや…しかしこれが彼の無意識の手口でもある(笑)
ヒモ気質の由縁だ。
変に同情するのはやめておいた。
で、しばらくすると新聞が読みたいと言うので、コンビニに買いに行き、病室に戻ると健次は静かにベットに横たわり本を読んでいた。
その風情がなんとも言えない風情なのです。
静かな落ち着いたエネルギーを醸しだしている。
死に対して抗っておらず、全てを受け入れる感がある。
人が枯れて行く時に二通りの枯れ方がある。
エネルギーが静まっていくタイプと、エネルギーが最後に暴発するタイプ。
知人で現在、母親の介護で大変な人がいるが、このお母さんは良妻賢母で自分の事を犠牲にして家族の為に生きた人であった。
それが病気をしてから、まだらボケになり、怒りを放出しまくり、、、、
今までの恩を忘れやがってバリの暴言で何かにつけて怒り狂うのである。
嫉妬、妬み、恨み。。。。
そういうものを家族に向け、家族全員を巻き込み家が崩壊しかけている。
施設に入れる事を現在検討しているようだ。
これが本当の彼女の正体だったのだ。
依存心が強く、家族の面倒を必要以上に見る事で支配しょうとしていた。
とっても恐れの強い人なのでしょう。
人は年を取るごとに正体を現していく。
正体を強固に隠せば隠すほどに、それは醜い正体を現すものだ。
健次は元々、、、、、正体を現していた(笑)
ヒモ気質・・・・
人間としてそれってどうよ!!!と言うようなエネルギーを若いうちから出していた。
その「それってどうよ!!"(-""-)"」のエネルギーの下には温和な正体が隠れていたようだ。
彼のエネルギーは澱みがなく澄んでいる印象を受けた。
ベットに横たわるお地蔵さんのような風情を見せてくれたこと。。。。。
彼が私にくれた贈り物・・・・ギフトだ。
そう思った。
健次はあまり良い父親ではなかった。
お金にも女にもだらしなく、母道江をアル中にし自殺に追い込んだ原因は彼にある。
私から唯一の肉親(母)を奪ったのは健次なのだ・・・・
それに仕事がキライで早くからドロップアウトして、色々な所からお金お搾取して生活していた。
もちろん私からもお金をひっぱった。
そう考えるのムカツクが・・・
しかし・・・・闇金で借金まみれなり私達に迷惑がかかったわけでもないし、お母さんとの事だって
夫婦間の事は誰にもわからない。
恐らくどちらも悪いし、どちらも悪くない。
私も一応、高校まで出してもらった。
食べるものも不自由しなかった。
健次は私が実の子ではないから気を使ったのか、私に手を挙げた事がなかった。
一度だけ、私がスゴイわがままを言って言う事を聞かず、道江に怒られていて、道江に暴言を吐いたらしく、その時に頭を叩くと言うよりははたいた事があったらしい。
私は忘れていたのですが、彼は今だに覚えていて、どうして叩いたのか理由も覚えているのです。
まぁそういう事を思い出せば、健次の悪行なんてなんちゃない。
お父さんという役割的には考えたらムカつく事も多いが・・・・
一人の人間健次として見れば大した事をしていない小粒な人だ。
まぁ真面目に健次はイノチをやりきっている・・・・
だから・・・彼のエネルギーのベクトルは沈静し澱みが消え澄んでいる。
そう思える。
私は母道江が死んだ時に親の死のプロセスを踏んでいない。
電車に轢かれて死んで・・・・・
連絡が来てから、記憶がない。
気が付いたら葬式が終わっていた。
それに死に顔を見ていない。
そう・・・・ちゃんと悲しんでいないのだ。
一度も泣いていない。
未だに泣いていない・・・・でももうたぶん泣けないし・・
だって、、、ね~
道江の死は受け入れてしまって肯定できてしまったから・・・・・
やっぱ~死んだ時に泣かないとリアルじゃ~ないし・・・
だけど、、、、健次はちゃんと親が死ぬというプロセスを私にさせてくれようとしている。
ありがたい。
血縁関係はないが、親としての愛が彼にはある。(と、いまわかった・・・・)
今度はちゃんと泣こうと思う。
そしてちやんと悲しもう。
親の死を満喫しょうと・・・・
健次からの二つ目の贈り物をしっかりと受取りたいと。(まだ死んでないけど)
しかし。。。。。
在宅で酸素をし始めると長生きすると言う話も聞いている。
だからもしかするとむっちゃ生きるかもしれないので、、、、
私が先に死んだから満喫できないから健康には留意しなければ・・・
まぁそんなこんなで親が死ぬと言うプロセスをしっかりとやっていきたいと今、思っているのです。
家族ってむっちゃ面倒だけど、、、在るってありがたいね♪(^.^)