七ヶ浜から帰ってきて一週間がたとうとしている。
兎に角、強烈な3日間で、帰ってきてからしばらくは意識が飛んだ状態で東京での生活を送っていた。
また七ヶ浜での踊りの模様はおいおい書いていきます。
昨日、、、仕事上であるセラピーを受けた。
とってもベーシックなセラピーで体系化がしっかりしたアメリカンナイズされたセラピーだった。
まぁある程度ビジネスになるが、、、、どうも気になる点があり却下の運びとなった。
気になる点と言うのが。。。。
そのセラピストの幸せの定義が画一化され過ぎている。
個々で幸せの定義のすり合わせが必要であるにも関わらずそれは一切ない。
そのエネルギーチャージであるセラピーを受けると現実が好転すると言うのが売りなわけです。
例えば・・・
結婚して子供をもうける
お金がある
健康で長生き
と言う俗っぽい現世利益が「幸せ」であると思っている。
アメリカ的だと言えばそうなんですが・・・・・・
外側の現実を変える為に私達は様々な開運グッヅを買ったり、セラピーを受けたり。風水にはまったり。。。。占いチャネリング。。。。。ワーク、、修行、ありがとうを唱えるなど・・・
色々な事に手を出す。
しかし外側をいくら変えてもまた同じ事は必ず起こる。
また外側を変えるという意識が苦しみを作っていると私は思っているので・・・・・
これではアカンですな・・・と言う事になった。
どんな現実であれ自分の目の前に起こってきた事を受け入れ、それに没入し、やりきるしかないとわたしは思っている。
感情は単なるエネルギー
苦しいも悲しいも楽しいも嬉しいも愛してるも憎いも皆、単なるエネルギー。
それを十二分に味わい尽くすしか次に進む道はない。
逃げ道はない
私は経験上だけど、そう思う。
悪いも良いもない。
悲しい事は良くない不幸な出来事だと思っているフシがあるが・・・・・・不幸な出来事だと思う気持ちが不幸なわけで、出来事には意味はない。(と、私は思っている)
まぁ不幸だと思ってもいいんですが・・・・・
怖い事に、不幸だと思っている間はそこから出る事はできんのですよね・・・・
そう・・・・私達は見える世界だけで生きているわけではない。
ほとんどが見えない無意識の世界の影響を受けて生きている。
そう言葉以前の世界である。
言葉にならない世界。
それは誤魔化しきれない世界。
言葉以前の世界というのは本当に怖い。
言挙げできない存在がある。。。
事挙げできない存在には破れがないので、誤魔化しがきかない・・・
それほど怖いものはない・・・ということでしょう。
誤魔化しの効かない怖い世界で生きているわけですから、どんな状況でも楽しめる精神力を作るしかない。
その力をつける事がイノチを生きると言う事のような気がします。
「私は長生きはしたくないのですが・・・・・・・セラピーを受けたら健康のまま早く死ねるということはあるのですか?」
と、言ったらそのセラピストは鳩が豆鉄砲をくらったようにキョトンとしていた。