今日から節電モード一色の日本です。
どこを見ても節電と言う文字にアナウンス・・・・・
地下道もデパートもお店も、、、、どこもかしこも暗い。
節電が美学となり、節電していないとまるで「非国民」のように見られ片身が狭くなる風潮。
さて・・・・この雰囲気、この風景どこかで見たような。。。。
いやいや実際に見たわけではないが、こういう風景が昔の日本にはあった。
戦争中、いや前か後か・・・・
それは知らんが「贅沢は敵」という横断幕やタスキをかけたご婦人方・・
そう言った戦争当時の白黒映像を見た事があるが、いまやそれと同じなのではないかと思ってしまうほどだ。
もんぺではなく着物を着ているだけで贅沢だとやり玉にあげイジメられる。
今やエアコンがよく効いていると怪訝な顔をされる始末。
そしてこの夏、そのイジメに負けた人達が熱中症という病に倒れ死んでいくのだろうか・・・
別に節電が悪いと言っているわけではない。
もちろん良い事である。
限られた資源を大切に使う事は大事な事だ・・・・
しかしその行為そのものの動機がどうも違うように感じるのは私だけだろうか・・・
このあたりの私の心の中のモヤモヤはいずれ書くとして、今は動機がどうであれ、節電はいいことだと思う事にしますけどね(笑)
しかし・・
原発の爆発といい、震災といい・・・・電力不足といい・・・・まさに昭和初期に日本が経験した戦争の再来を思わせる。
いやはや一体、日本と言う国の無意識はどこに向かっているのやら、、、、
また同じ事を繰り返し何をしょうとしているのか・・・・
いや日本だけではないのだろう、恐らく世界中が暴発しかけている。
小説家であり詩人でありジャーナリストである辺見庸さんと言う方がいる。
彼の文章は重くて濃い。
自分自身のパワーがない時には読めない文章である。
こんなに重くなるような文章が書ける人ってすごいな~と、ある意味尊敬はしているのですが、真剣に読んだのは数回しかない。
真摯で真面目な文章に私の精神は追いつかないわけです。
辺見さんの文章が読めるようになるぐらいに、私の精神が成熟するのかと。。。。
死ぬまでに間に合うのかと思うほどです。
娯楽化してしまっている文壇の世界。
それとは真逆を行く辺見さん。
3.11の震災後の3月19日に発売された朝日ジャーナルに辺見さんが寄稿した文章「標なき終わりへの未来論」と言うのがある。
大震災を予想して書いた文章ではないが、今回一連の日本の騒動を予見した文章が掲載されている。
彼は俗に言うサイキックな預言者ではない。
見えている現実から今、何が起こっているの洞察する力が逸脱しているのだ。
先を見る目は誰よりも肥えている。
文章は終末へ向かう日本崩壊のプロセス淡々と書かれいる。
その中での代表的な言葉が
――すさまじい大地震がくるだろう。
――ひじょうに大きな原発事故があるだろう。
この寄稿文は恐らくだが30年後を頭の隅に置いて書いている。
この日本と言う国が歩む道筋がどうなっているか。。。。。。
日本が真綿で首を絞められるように死んでいく様を予見しているのだ。
そのきっかけが「大地震」と「原発事故」
しかしそれは、この寄稿文が書かれた数ヶ月後にやってきた。
それも二つ同時に。
そして・・・
――富める者はたくさん生きのこり、貧しい者はたくさん死ぬであろう。
と・・・・
辺見さんの故郷は石巻だそうだ。
彼が震災後テレビで見た風景はこの故郷、石巻の惨状だったのだろう。
少し遠い未来の日本を語ったはずが、こんなに近い未来で起こってしまった。
副題として
生きのびることと死ぬること
と書かれている。
私が辺見さんの事を云々と言える立場ではないし、そういう知的レベルも持ち合わせていない。
なので今回の記事に落ちはない。
ただなんとなく書いておきたかった。
いつか彼の文章がちゃんと読み理解できる精神性を培うまで彼には生きていて欲しいと切に願う今日この頃です。
一応、標なき終わりの未来論の箇条書きセンテンスで掲載しておきます。
地震、原発の次は中国が危うい。。。。らしいです。
以下抜粋・・・
インターネットはそのアイデイアを無意識に受けつぎ発展させた、おそらく二十一世紀のパノプティコンである。
無数の監視カメラ、スパイ衛星、テレビ、携帯電話もパノプティコンだ。そこでは、看守と囚人の境界がない。わたしたちはこもごも看守となり、囚人となる。
わたしたちはパノプティコンの住人である。わたしたちはある日はその囚人であり、またある日はその看守である。
わたしたちはながめながら、ながめられている。他を監視しながら、他に監視されている。なんでも見える。なんでも見られる。
パノプテイコンのすばらしさは、看守がじっさいに監視しているかどうかにかかわりなく、じぶんが常時見られているという囚われの感覚と意識を囚人に自然に感じさせ、内面化させていくことであった。
ベンサムはもっとも効率的な監獄を構想しつつ、一方で 「最大多数の最大幸福」の実現を夢みた。ひととその配置、関係性を機能的にかんがえた。
ひとがなんとかしのげる気温はあと30年くらい。
世界はもっともっと暴力的にむきだされていくだろう。
中国共産党はいずれ姿を消すであろう。
中国のバブルはちかい将来かならずはじけ、騒乱がおきるだろう。
中国は大きくゆらぎ、世界的動乱の主要な原因のひとつになるだろう。
北朝鮮の現政権は倒されるだろう。
イスラエルは生きのこるだろう。
モサド(Mossad =諜報機関/引用者注) が活躍するだろう。
日本は軍備を増強し、原子力潜水艦をもつかもしれない。
海兵隊またはそれと同質の機動部隊をつくるだろう。
戦術核を保有するかもしれない。
天皇制は、だいじょうぶ、まったく安泰だろう。
憲法九条は改定されるだろう。
キミガヨはいつまでもうたわれるだろう。
貧しい者はよりひどく貧しく、富める者はよりいっそうゆたかになるだろう。
すさまじい大地震がくるだろう。
それをビジネスチャンスとねらっている者らはすでにいる。
富める者はたくさん生きのこり、貧しい者たちはたくさん死ぬであろう。
階級矛盾はどんどん拡大するのに、階級闘争は爆発的力をもたないだろう。
性愛はますます衰頽するだろう。テクノロジーはまだまだ発展し、言語と思想はどんどん幼稚になっていくであろう。
ひじょうに大きな原発事故があるだろう。
労働組合はけんめいに労働者をうらぎりつづけるだろう。
おおくの新聞社、テレビ局が倒産するだろう。生きのこったテレビ局はそれでもバカ番組をつくりつづけるだろう。