春爛漫です。

最近やっと我が家に馴染んできたようです。


家のエネルギー、土地のエネルギー、天のエネルギーの交差する我々の生活場所。


この場のエネルギーと言うものに私達は多大な影響を受けて生活しています。


この三つのエネルギーに私達、人のエネルギーが交じり合いそれらが馴染むまでには少し時間がかかる。


そういう場のエネルギーの影響は年齢に比例しているように感じるのです。


何故だかわからないが若いと馴染みやすい。
順応性が上手に機能しているのでしょうね。


高齢者が都会に住む子供の家に引き取られた途端にボケたとか病気になったと言う話を聞きますが、その意味が今回、身をもって実感しました。


身に馴染んでいるその土地のエネルギーから離れてしまうと途端にエネルギーが枯渇し、異質なエネルギーと交流せざるおえない状況で、よりエネルギーは疲弊すると言う感じでしょうか。


私達は大地と交流して生きている。


地球上にある大地は一つで繋がっているが、そこそこの場の色と言うのがある。


今回の震災で避難生活を強いられている方々が他の土地にいる親戚や子供達の家に行く事を断った方が多いと聞きます。


自分達が居なくなったら街が無くなるから、残ってみんなと復興すると・・・・


土地に対する愛着と言うのは合理ではないんですよね。


昨日、久しぶりに友人に会った。


彼女のお母さんは九州のボロ家で一人で住んでいるそうだ。


彼女は横浜のマンションに一人で住んでいて、何度かお母さんを呼び寄せようとしたらしい。


しかしお母さんは拒むそうだ。


何も心配はいらんと、この土地と家が私を守ってくれるし、私もこの家を守らんといけんとと言うらしい。


日本人らしい感性です。


八百万の神は人工建造物にも宿っていると考える民族なんですよね。


人工建造物と言っても結局は自然素材から出来上がっているものですからね、木だったり鉱物だったりする・・・・神が宿っていてもおかしくはない。


たぶん、、、、人は拝むものが無いと一時も生きていけないのでしょうね。


で、ですね。。。。。
私も自分の順応性の衰えを今回の引越しで目の当たりにした。


今までと違う異質なエネルギーに馴染むために全身で対応している自分に疲労したのだ。


ある意味、この変化はとっても楽しくもあった。

かなりしんどかったが、こういう新たな発見はほんと面白い。


自分にはまだまだ未開な部分があり、死ぬまでどれだけの可能性があるのかほんと楽しみになった。




目に見えない、、、物質的に存在していないモノでも必ず在るモノがある。

そういう事は判っていたが、ガツンと腑に落ちたのは今回が初めての体験だったかもしれません。




私が疲弊していると同時に彼らも疲弊しているのだ。
彼らと擬人化しているが別に固有のモノを表しているわけではない・・・・・が・・・・


あえて言うなら・・・・・大地のエネルギーと空間(家)のエネルギー。。。。そして天のエネルギー・・・・これらもまた異質な私と馴染むために疲弊したわけである。(たぶん)(笑)


でもそんな事をいちいち感じていたらどこにも行けないし、どこにも住めないですよね(笑)


鈍感力と言う本が以前、本屋に並んでいた記憶があるのですが、鈍感力と言うのは現代を生きるのにとっても大切なツールではあるわけです。


なのでほとんどの人はそういう事を無意識で感じないようにしているし、その方が生活しやすい。


それにそういう微細なエネルギーを感じているほど今の現代人はヒマではない。


でも「ここなんとなく薄気味悪いよね~」とか「この場所気持ちいいね~」って事はわかるはずです。


そういう感覚の窓をもう少し広げると場のエネルギーが見えるようになる。。。。。


感覚の窓の問題だと私は思っています。


「この場所気持ちいいね~」と言う窓さえ閉じている人もいるので、、、、こういう話が通じない場合もあるでしょうけどね。



たぶん造語だと思うのですが、「呪鎮」と言う言葉があります。


内田樹さんがよく言っている言葉ですが、地に蔓延している「気分の悪いもの」を鎮める事を呪鎮と言っている。


呪鎮の目的は「危険を忘れ去ること」事ではなくて、「恐るべきもの」を「恐るべきもの」として扱う事だと。


私もそう思う・・・・必要以上に恐れる必要はないが、無いものとして扱うとソレは暴れだす。(と、思う)


で、その呪鎮に使われる装置が神社や寺や塚と言う事なんだそうです。


そういう呪鎮の装置がない場所は穢れがたまり易く気分よく過ごせない・・・・・と、言うか災いが起こる??的な感じでしょうかね。


なんとなく日本人はそういうものを信じ家を建てる時には地鎮祭を行うし、事在る毎に神社仏閣にお参りをする。

ご先祖様にも参る・・・・・


大江戸魔方陣もそんな呪鎮の装置を大掛かりに作ったモノなのかもしれません。


兎に角、人が住む場所には「呪鎮の装置」が必要なんでしょうね。



私は素人だし基本的にこういう事にマニアックにはまっていくと反対にトラップにはまりやすくなると思っているので・・・・


サラッとですが・・・・・色々とできる事をやって後は自分の意識の場所を暗黒スペース(笑)におかないように注意を払った。


暗黒スペースにいないと言うのは肯定的な意識でいると言う事なんですけどね。


最近ではやっとこの土地、家、空気と仲良くでき始めている。


我が家には高い場所に天の神様の神棚を、低い棚に地の神様の神棚を作って毎朝自分の白湯を作ったら一緒に供えている。


そして休みの日には庭の草むしりをして手入れをしている。

素手で地面に触っていると仲良くなれるような気がするからだ。


まぁ私の偏ったモノの見方ですけどね(笑)



ただ生身の人間のエネルギーの呪鎮は難しい。
感情と言うこの世界で一番面倒なエネルギーですから・・・・


ほんとこの世界はオモローですな