先日、小林聡美さんのプールという映画を見ました。


$はんざきブルース



理由なんて愛ひとつで充分だ・・・・・・という副題がついている。

「かもめ食堂」「めがね」と続く三部作と思いきや、、、監督さんはみんな違うようですね。

しかしあのほんわかムードで映画の初めから最後まで、同じリズムが流れ続けるというまったり系は3作とも同じ。

起承転結はない・・・



しかしあの時間の流れ方は見ていてとっても心地よい。

きっと小林聡美さんともたいまさこさんがかもすモノなのかもしれません。

ノープログレム、そしてフリーダムというテーマーは一貫してどの作品にもある。

本当に自由な心の中にだけある他人への慈しみや思いやり。

とってもステキな環境と独特な時間の流れ。

特別な事は何もなく、何気ない一つ一つの行為が丁寧に優しく扱われる。

私にはないものが一杯ありました(笑)

憧れに近い気持ちが湧き上がる。。。。

「かもめ食堂」も「めがね」もそう・・・・嫉妬にかられるような気持ちになる(笑)

でも自由な心も緩やかな心も形ではありません。

あんな場所に行かなくても、あんな人達に囲まれなくても・・・・・あんな時間じゃ~なくても。

今、すぐにやろうと思えば心を自由にすることはできるし、心を緩やかなにすることはできる。

今ココで自由な心を作ることができないなら、きっとどんな楽園に行っても自由にはなれない。

どんな天国に行っても心は緩まない。

まぁ緩んでいる事、自由でいる事ばかりが良いということではありません。

善い悪いではなく、どんな状況でも自由に心が行き来できればいいな~と思うのです。

シャープな集中、緊張状態になるためには、ちゃんと緩んでいる状態が必要になりますから・・・

日頃から固まっている心や体だと、いざという時に力も出ませんし、集中力も出ません。

イノチは不安定で行ったり来たりして変化し続けるものなのでしょうね。



何気に心身共に緩みが生じてきた今日この頃、、、

ゆるみだした分、変な緊張が気になって仕方がない。

私はこんなにも不自由感を持って生きてきたんだな~なんて最近つくづく感じます。

半端に緩んでいるから、、、、
不自由さの不快感や緩んでいくことの恐れ・・・
自由になることへの不安感が湧き上がる。


私は自由があまり好きではないと言う事もよくわかった。

でも、、、ここで止まってしまっては中途半端な不快感を持ったまま生き続ける事になる。

もうこのまま突っ込むしかないないな~とつくづく思う。




人が自由になると、世界は無秩序になり、とんでもない事になるという恐れから私達社会は決まりごとをたくさん作った。

しかし地球上の人間が全て、誰一人漏れる事なく自由な心になれば、この世界は平和になり慈愛に満ち溢れる事だと思う。


でも・・・・多分、、、きっとそれはイノチが向かう方向ではないのかも・・・・

イノチには必ずミステイクが発生するものである。

イノチが完璧であるということは、その過程のどこかで必ず歪が起こり、バグが発生するようになっている。

それがイノチの自然と言う事でであり、イノチが自由であるという事。

心、、、精神の自由よりもイノチの自由度の方が格段上なんですよね。

それがイノチのあり方。。。。だから。。。多分恐らく、イノチそのもののあり方として、愛だけであり続けるというのは不自由な事なんでしょう。


バグもミステイクもひっくるめてイノチが完璧だと言う事。


精神の自由というのは自分で作り上げるもの。
イノチの自由とは私達が関与できない人智を超えたもの。


そういう風に思う今日この頃です。




プールのエンディング曲です。

耳から離れなくて、ずーーーと頭の中に鳴り響いています。



だんだん長くなっていく・・・・・・